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【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[ジンジャークッキーだけじゃなく 犬の形に抜かれたペッパーチーズクッキーや 全身真っ黒なチョコマフィン、 アールグレイマカロン、なんてのもある。 あの子は何が好きだろう。 ─────いやいや、選んでどうする。 ショーケースから視線を移すと 信じられないものを見た、と目を丸めた 店主とぱっちり目が合う。] 「甘いの嫌いじゃなかったっけ?」 [それとも……?なんて意趣返しの詮索に ぎろりと睨み返して。 店主はくすくす笑うと、ショーケースの中から デコレーションされたカップケーキを掴んで そっと俺の方に押しやった。] (25) 2021/05/20(Thu) 19:12:14 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[そして、カップケーキをもらったその日に また店頭に花が咲く。 ふわ、と薫るコーヒーの香りに 先週の言葉を思い出して、つい頬が緩んだ。] 人の言うこと聞かねェくせに 律儀なもんだね、まったく。 [そう笑いながらも、小花を散らした皿に ちょん、とふたつ、カップケーキを添えようか。 ひとつは薄い紫色のバタークリームに カラフルなマーブルチョコが乗っていて もうひとつは今日に上のバタークリームに にょん、とうさぎの耳を突き立てたもの。 これを見たら笑いやしないか、気が気じゃなくて 俺はまだお嬢さんの企みに気付かない。 す、とチケットが差し出されたなら 目を丸くして─────] (27) 2021/05/20(Thu) 19:12:59 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介こういうの、興味あったんか。 [隣町の美術館で開催されている 『香水瓶の歴史』というタイトルと お嬢さんの顔を見比べて、問う。 正直に言うと美術館巡りは好きだ。 この仕事をする前から、ずっと。 でもお嬢さんが興味もないなら このチケットを持ってきた理由は明白。 受け取らない方がきっと懸命だろう。 いや、でも、 イキタイ……ッ! お嬢さんの目の前で、ゆらゆら。 唇を噛み締めながら迷う。]* (28) 2021/05/20(Thu) 19:14:16 |
【人】 西園寺 飛鳥[きっと、うまく伝わってない。 江戸川さんは怖がりだから。 私のことが嫌いなら、お茶菓子なんて用意しない だろうし、お茶なんて出してくれるわけない。 悪態をつきながらも毎週毎週迎え入れてくれるのは 女として、じゃなかったとしても。 妹のよう、だったとしても 少なからず好意を抱いてくれているからだと 私は思っているのに。 ならば、それをどうすればW異性Wとして 見てもらえるようになるのか。恋人の候補として 彼の人生の一部になることを許されるのか 毎晩のように悩むのだ。 友人に相談したとて、有益な情報や案は 今のところ出てこない。 強硬手段、も友人の軽口ではあったのだけれど できればそれはとりたくはなかった。] (29) 2021/05/21(Fri) 21:01:01 |
【人】 西園寺 飛鳥[心が欲しい。彼の。 好きになってほしい。 熱のこもった視線で見つめてほしい。 別の誰かに私が行こうとしたら 引き止めて、抱きしめてほしい。 人生全てをくださいと口に出しているわけでは ないのだから、そこのところちょっとだけ くれたりしないかなって。 控えめでしょって思うのだけれど、まあ もちろん現実はそううまくはいかないのだ。 今日こそ、振り向いてもらえますようにと 願掛けしながら開く扉。] (30) 2021/05/21(Fri) 21:01:20 |
【人】 西園寺 飛鳥[持ってきたコーヒーを手渡すと、緩んだ頬に、 きゅん、と心根が掴まれるよう。 愛おしさが溢れて、自然と表情は綻んだ。] 今日も冷やかしって思ってる? 律儀な冷やかし客だなーって? [と首を傾げて見せながら、いつもの席につけば、 小皿に乗った可愛らしいカップケーキが テーブルをすべって出てきただろうか。 そうしたら、わたしはそれを見つめて、 ぱちくりと目を瞬かせてから、 江戸川さんの方を見上げるだろう。] (31) 2021/05/21(Fri) 21:01:36 |
【人】 西園寺 飛鳥───すっごいかわいいんだけど! え!なにこれ!写真撮っていい? [とあからさまに一つ声のトーンが上がる。 はしゃいでスマホを取り出せば、 回答よりも先に一枚パシャリと納めた。 それから、にへ、とした笑みを向けて ちょいちょい、と手招き。 こちらにきてくれないなら仕方ない。 立ち上がってそちらに歩いて行き、 左手の手指で器用にスマートフォンを持って くいっと彼の腕を引きながら軽く背伸びすれば 長押しで連写。そうすれば、1枚くらいは ブレていないツーショットを 納めることができただろうか。 その距離にすぐに頬は緩んで。] (32) 2021/05/21(Fri) 21:01:51 |
【人】 西園寺 飛鳥隙だらけですよ、お兄さん そういうとこも好きだけど [と、悪戯の成功した子供みたいな笑みを浮かべて そそくさと席へと戻ろうか。 先程の写真は消せと言われても絶対に消さないし、 むしろ「ロック画面にしよ」と鼻歌混じりに スマホを操作し始めるだろう。 ちなみになぜ急に写真なのかと問われれば、 「今めっちゃ好きだなって思って、この瞬間を 撮りたいって思ったから!」と肩をすくめる。] えーでもほんとかわいくて、 なんか食べるのもったいないな [そうはしゃぎなから。 コーヒーのいい香りを鼻腔に吸い込み、 ティータイム…もといコーヒータイムをはじめよう。] (33) 2021/05/21(Fri) 21:02:22 |
【人】 西園寺 飛鳥[相変わらずつれない江戸川さんに、 今日はとっておきのお誘いがある。 カバンの中に忍ばせた、2枚のチケット。] あ、そうだ [と前置きしてそれを取り出せば、 す、と2枚、差し出して。 そうしたら、びっくりしたように問いかけが されるから、目を柔く細めて。] 綺麗なものは好きだから。 香水も、結構好きだし。 […で。] (34) 2021/05/21(Fri) 21:02:37 |
【人】 西園寺 飛鳥わたしとデート、しませんか? [そう言って、差し出したチケットを引き寄せ、 その影からちらりと顔を覗かせて、 そちらをじいっと見つめよう。 唇を噛み締めながらこちらを見ているのが わかれば、眉尻をそっと下げて。] (35) 2021/05/21(Fri) 21:02:52 |
【人】 西園寺 飛鳥…そんなに気負わなくても。 [唇をとがらせて、少しばかり 困ったように笑ってみせる。 それでも彼が手に取ってくれないなら、 ふぅ、とひとつ息を吐いて、チケットを 一度膝の上に下げるだろう。] ───展示に興味がないわけでは ないよね、そのリアクション的に。 つまり、今引っかかってるのは、 私とお出かけするってとこだよね。 [唇を結んで、ゆらゆら、今度はこちらが迷う番。 私も2人じゃまずいなにかがあるのか。 それとも、この隔たりを超えることになる、と 彼は思っているのか。 あくまで冷やかし客と店主の位置付けを 崩したくない、のだろうか。 ふぅ、と息を吐いて、また、眉尻を下げて笑って] (36) 2021/05/21(Fri) 21:03:07 |
【人】 西園寺 飛鳥───あげる。 [膝の上に置いたチケットをテーブルに そっとのせて、そちらへスライド。 パッと手を離して、コーヒーカップをとり、 一口飲んだ。さっきより少し苦いかも。] 江戸川さんの好きな人と行って。 もちろん、わたしでもいいけど。 お誘いはいつでも待ってるから。 [と肩をすくめてもう一口。 ゆらゆら、揺れる水面に視線を落として] (37) 2021/05/21(Fri) 21:03:23 |
【人】 絵描き ルナリア時間は穏やかに進んでいく。 その空間には、私だけが存在している、 わけではなく。 いつの間にか、彼がそこにいるから それが当たり前のようになっていって。 注いでくれたお茶を飲んだり。 誘ってもらって食事をしたり。 毎日の生活が、彼に侵食されているのだ 気が付かぬうちに。 (39) 2021/05/21(Fri) 21:29:01 |
【人】 絵描き ルナリア気がついたのは、 いつものように絵を描いている時のこと。 ふと隣を見て、いつもいた存在がいなかったから。 そういえば、お腹がすいた。 そういえば、喉が渇いた。 最近は感じていなかったように思うこと。 久方ぶりに感じてしまい、 琥珀の目をぱちぱちと瞬いた。 (40) 2021/05/21(Fri) 21:30:20 |
【人】 絵描き ルナリアどうしてこうなっているのか? その疑問がまず浮かぶのは、人からしたら 鈍臭いと言われるものかもしれない。 でも、私はこうだから ひとつひとつ、考えるしかないのだ。 絵を描いていたから、とか。 食べたり飲んだりしてないから、とか。 …… 彼がいないから、とか。 (41) 2021/05/21(Fri) 21:30:39 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[カップケーキは、俺の想定していたよりも 大きな反応を齎した。 年頃の女の子がはしゃぐ様を こんな目の前で見た事がなくて 俺はつい、くしゃり、と顔を歪めてしまうんだ。 だから、きっと連写の中の俺は 6割くらいは笑っている─────かも。] ……お嬢さん相手に気張ったりしねェや。 [残りの4割の困り顔のまま捨て台詞。 この子相手に舌戦を挑むのは負け戦。 悪い男に捕まりかけてる時の 「彼氏なう」には構わないけれど この子の待受はそういうんじゃないだろう。] (43) 2021/05/21(Fri) 22:30:01 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介それは、 [好きだと思ったのはカップケーキか、それとも。 聞き返せない俺は語尾を濁して 「そうかい」と小さく呟いた。 気に入ったんなら、行かないか。 知り合いのやってる店でな…… なんて、繋げてしまえば きっともっと喜ぶ顔が見れるんじゃないか。 分かっていても、踏み込めない。 踏み込んじゃならない。] (44) 2021/05/21(Fri) 22:31:09 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[古いものの匂いを払うように ふわ、と焼き菓子とコーヒーの香りが 二人の空気を満たしていく。 そんな中のお誘い。 やっぱりそういうことか、と 渋面を作れば、チケットの隙間から 心の迷いを見透かしたように お嬢さんはちょんと口をとがらせる。 問い掛けには、YesともNoとも返せない。 む、と口を噛んだまま言葉を探しに心の底へ。 何故こんな態度を取るのか 言うべきか、否か。 俺が迷ううち、ぱさり、とデートのチケットは カウンターの上に散った。] (45) 2021/05/21(Fri) 22:31:38 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介─────おい。 [困った顔のまま、コーヒーへ口付けた お嬢さんを向いて、唸る。 あげるッつったって、 そんなの、受け取れるはずがない。 どんなに欲しいものであったって ここでお嬢さんからチケット巻き上げて 一体何が楽しいっていうんだ。 違う違う。そんな顔して欲しいんじゃない。 俺は─────] …………お客さんでいてやるッて、 ひとつも買ったことねェじゃねェか。 [ひどくいがらっぽい声で絞り出して 俺はコーヒーを一口飲んだ。 笑おうとして、唇が動かない。] (46) 2021/05/21(Fri) 22:32:35 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[コンマ一つ分の沈黙の後 俺は小皿の花を見つめながら切り出した。] ─────姉が、いてな。 5個上の。 [緩く巻いた茶髪の似合う明るい人。 瞼に浮かぶ彼女の顔は笑っているか、 それともどんよりと曇っているか。] 俺が大学に上がったその年、 突然腹に子どもをこさえて仕事を辞めた。 相手は職場の上司で、妻子もいてンのに。 [カウンターを無意味に掻いていた指先から まっすぐ、お嬢さんへと視線を向ける。] (47) 2021/05/21(Fri) 22:33:40 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介それでも「愛してるって言われた」からって 一途にトンズラこきやがった男を待ってたけど 愛した男は知らぬ存ぜぬを貫いて 姉ンとこにゃ、男の奥さんからの 慰謝料請求しか来なかったよ。 ……まァ、後はお察し、ってやつ。 [愛を信じ続けた姉を中心に、 ボロボロと家が崩れていった。 あんなのは、もう二度とごめんだ。] (48) 2021/05/21(Fri) 22:48:10 |
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