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【秘】 美術 エノ → アイドル ヒメノ合議が終わって、すぐの頃。 青年は君の遺体がある場所を人から聞いて、 そのすぐそばまでやってきた。 VRの世界では、遺体は奇麗なままだ。 あるいは遺体はもう残っていないのかもしれないけど。 「…………ヒメノさん、俺ね。」 挨拶もなしに語りだす。 青年にとっては、独り言のようなものだ。 死人は喋らない。だからこれは、自己満足な自分語りだ。 「本当は、虹谷 絵乃っていうんだ。」 「ニジヤ製薬って、知ってる?凄いおっきい所で、多分、うちの薬くらいは何回も見たことがあるレベルの。」 「そう、その製薬会社の社長の、息子なんだ、俺。」 ぽつぽつと、語っていく。 それはあるいは、『自分が特別である』という事を誇示するような。 自慢話にしか聞こえないのかもしれない。 「特にお金とかに困る事も無くてさ。」 「欲しいものは何でも買ってもらえたし。」 「美味しいものだってたくさん食べた。」 「著名人が集まる立食パーティとかもね、家で開かれたことがある。」 (-247) 2022/03/07(Mon) 13:38:57 |
【秘】 美術 エノ → アイドル ヒメノ「なに一つの苦労もない人生だった。」 「虹谷って名前があるだけで、色んなことが許された。」 「俺さ、そんなに体格だってよくないけど。」 「変なのに絡まれたこともないんだよ。」 「ドラマみたいな誘拐事件だって、1回も経験したことない。」 「ただそれなりに、やりたい事を自由にやれる人生だった。」 自分の人生を思い返す。 嫌なことを我慢してやる、という事もなかった。 誰一人、叱ったりすることもなかったから。 したい事をして、したくないことはせずに生きてきた。 それでも、青年はそんなに破天荒な性格でもないから。 きちんと学校には行き、法も犯さずに生きてきた。 ただ家柄がいいだけの、普通の人生だった。 「……でも俺は、この名前が嫌いなんだ。」 「『虹谷』っていう、一生付きまとうこの看板が。」 「『絵乃』を覆い隠してしまいそうで。」 (-251) 2022/03/07(Mon) 13:44:53 |
【秘】 美術 エノ → アイドル ヒメノ「『虹谷』というだけで、皆が俺と距離を置く。」 「あんまり話しかけても貰えなかった。」 「話しかけられても、無理して笑顔を作ってるような」 「媚びるみたいな感じだった。」 「友達と一緒に出掛けることもなかった。」 「『万が一怪我させちゃったら怖いから』とか」 「『庶民向けのご飯屋だから貴方の口には合わないと思う』とか」 「言ってもいない言葉で遠慮されて」 この前ね、人から、コンビニで売ってるレモンティーを貰ったんだよ。 美味しいんだね、あれ。 午後のって書いてあったけど、午前中でも飲みたいくらい、なんて、笑って。 「………親も、忙しくて、あんまり家にいなかったな。」 「兄弟仲も、悪くはないけど、仲良しって程でもなかった。」 「俺が、『虹谷』じゃなかったら。」 「もっと家族の距離は近くて、友達は普通に笑ってくれて。」 「一緒に遊んで、怪我して、安いご飯をお腹いっぱい食べて、楽しい時間を過ごせるような」 「そんな、『普通』の人間になれたのかなって。」 それは、特別であることを押し付けられた贅沢な青年の、呟きだった。 (-253) 2022/03/07(Mon) 13:52:04 |
【秘】 美術 エノ → アイドル ヒメノ「………ねぇ、君はどうだったんだろう。」 「『普通』が嫌だって言ってた、君は。」 「どんな人生を送ってたのかな。」 「知りたかった。本当に。」 「君の事を知りたかったんだ。」 それは、懺悔の色を帯びて。 「……怖かったよね、最初に印が付いたとき。」 「むかついたよね、それを付けたやつに。」 「自分がもう死ぬってなった時、頭が真っ白になるし」 「なんで、とか、どうして、とか、そればっかり浮かんで」 「そうしてただ、『死にたくない』しか考えられなくなって。」 俺もいまそうなんだよ、と、震える手を握って。 もしこれが、理不尽に突き付けられた死だとしたら。 きっと君と同じ様に、何か活路を探して、刃を手に持ってしまうのではないかというくらいに。 怖くて、怖くて、逃れたくてたまらなくて。 「……俺がつけたんだ、君の印。」 「合議に遅刻して、参加してなかったってだけで。」 「君を、"死んでもいい人間"って判断したんだ。」 「……馬鹿だよね。人が死んでも構わないって、本気で思ってたんだよ、その時は。」 自分に生への執着が芽生えて初めて、死の重さに気付くなんて。 呆れるくらいに幼稚な情緒で。 (-256) 2022/03/07(Mon) 13:59:33 |
【秘】 美術 エノ → アイドル ヒメノ「……俺が君を殺したんだ。」 「君の体も。」 「君の心も。」 「俺が殺してしまったんだ。」 ごめん、と。 ぽつりと零れた言葉が、やがて。 雨のように降り注ぐ。 ごめんなさい、ごめんなさい。 恨んでください、呪ってください。 決して許さないでくださいと、何度も、何度も。 やがて、言葉が止んで。 「………今、君の死にたくない気持ちが、嫌というほど理解できる。」 「…きっと、それだけが良かった事。」 「………それだけ、ごめんね、ヒメノさん。」 「……………ごめんね。」 そうして立ち上がり、離れていくことだろう。 (-257) 2022/03/07(Mon) 14:03:36 |
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