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【秘】 花で語るは ソニー → 名もなき医者 リカルド「アンタの立場って、そんなことまでしなくちゃならないの? 出世頭の扱いだったって聞こえてくるけどね。それとも、それがお気に入りられなのかね」 意外だとは感じたものの、思い当たるなにかというのは今はまだ、無かったらしい。 それに気づいていたなら何か変わりはあったかもしれないが、さして伝えるべき話でもないだろう。 解いたタイを片手にくるりとまきつけ、ジャケットとベストの釦を外して肩をぬいていく。 いつかの時にも同じことをしたのに、まるで勝手も手付きも違う。 ただただ情交を想起させるだけに留まっていた時よりもずっと手の平は膚に張り付き、 アルコールの摂取の為に上がった体温が僅かに掌を湿らせる。 それがまた乾いた皮膚とはずいぶんと違う密着と、人間の気配を神経を喚起させるようだった。 シートから錠剤を外す音。死角にあった片手に錠剤をいくらか握り込む。 本当は隙を見てそれを飲ませるつもりだったのだろう。唯のお楽しみなら、不要なもの。 されど最終的に至る目的の為には、相手を弱らせる必要があった、それまでだった。 それが、耳に聴こえた囁きのために動きを止める。僅かに顔を離し、見合わせて。 → (-115) 2022/08/21(Sun) 2:23:10 |
【秘】 花で語るは ソニー → 名もなき医者 リカルド「――私怨も、だって?」 反射光と間接光に照らされる顔が、一層暗く陰になった錯覚さえあった。 せせら笑うような声は一瞬、強い怒気を混じらせて震え、 首のあたりで未だきっちりと締められたシャツの釦を外していた手はほとんど反射的に、 相手の首に指を掛け、締め上げるように掴んだ。ほんの一瞬、一瞬のことだ。 「調べたのか? それとも、ああ! あの人に聞いた? そうだよなあ、アンタはお気に入りだもんな。それくらい聞かされて当然か。 オレのことを話して、それで面倒な生き物の飼い馴らし方でも教わったわけ?」 瞋恚、或いは悋気。歪んだ口角に乗せられた激情はおよそ尋常のそれではなかった。 それくらいで相手が怯んだりしないのだとしても、動揺しないのだとしても。 およそ今までの取引の中で、よく変わる表情の内の一片も今とは重ならないだろう。 威圧の為ではない。脅迫の為でもない。意図的に感情を表出させたのではない。 煽られたからカッとなった、そう言うのが一番近いものだったかもしれない。 息を大きく吸い、己を抑え。指の力はすぐに剥がされ、相手の呼吸を阻害する時間は長くはなかった。 己が冷静でないのを自覚して、衝動に任せる自分自身を制止して。 それでも相手を改めて見るジェイドの内側には、凍りついたアイスブルーがあった。 「……ああ、もう。いいか。 全部受け止めるっていうのなら、そうしてよ。リック」 舌の上に乗せるように錠剤を口に含む。溶け出す前にすぐさま、相手の唇に己のそれを合わせた。 唾液の絡んだ舌がぬるりと粘膜の内側を撫ぜ、下顎に寄り添っているだろう舌を掬い上げる。 舌下に、パステルカラーの薬がねじ込まれる。自らに影響を及ぼすのも構わず、唇を食んで閉ざす。 メタンフェタミン、MDMA、カフェインの混合剤。発汗や喉の乾き、性欲の増進と勃起不全。 共感性と多幸感が脳を占め、神経への刺激を過剰に増幅させる。 瞬時には効かずとも、舌下から吸収されれば自ずと変化を感じるだろう。 (-116) 2022/08/21(Sun) 2:23:30 |
【秘】 花で語るは ソニー → ザ・フォーホースメン マキアートぎしと肩から背中に掛けて掛けられる体重で椅子が軋む。それでも多少であれば問題なく。 そう上背の高いほうではない体は、組織内での役割を十二分に果たせるくらいには引き締まっている。 間に挟み込んだ手で陽物を磨り上げ、掌の窪みに先走りの薄っすら貯めてそれで亀頭を擦る。 滴る程に濡れているわけではないから優しく丹念に、包み込むようにして扱く。 体の間から立ち上る熱気は微かに喉を詰まらせて、呼吸が浅くなるのが余計に興奮を煽る。 少し汗ばんで湿気を帯び始めた髪に触れるもの、柔い感覚にふ、と息が漏れた。 ささいなくすぐったささえ、不随意の刺激となって喉の奥底をくすぐるよう。 見上げるジェイドは、膚に透けた血色を目に留めて。甘えるように鼻筋を寄せる。 「鍵、ん……閉めちゃったの? 開けっ放しにしてたら、もっと興奮した?」 無責任な仮定は子供の空想みたいだ。それにしてはずいぶんと悪戯が過ぎるけれど。 指の腹を埋めるように中に押し込み、内側までローションを擦り込む。 無理のないように一本、二本。拡げきる前に、一番奥まで届く指の形のうちに、 わずかに指の先で感じられる感触の違いをなで上げ、位置を確かめる。 往復する指の間で糸を引く水気の音が、吐息の合間を縫うように耳まで届くのを聞き、 やがて、差し込む指の本数をもう一本増やして捩じ込む。これくらい入れば、もう十分だ。 「ねえ、カフェ、もう挿れてもいい? とろとろになったココに、早く包まれたくてたまんない……」 (-136) 2022/08/21(Sun) 11:59:25 |
【秘】 花で語るは ソニー → 家族愛 サルヴァトーレクリスティーナのための兵となった時、青年はまだチンピラあがりのごろつきでしかなかった。 それが、何かの折に伝手を辿って推薦されたのだ。勧めてきたのは、孤児院だった。 ノッテの私腹を肥やし、人員を育てるために作られた、およそまともなばかりではない施設だ。 施設へと預けた両親の情報から、血筋についての断定が為され今こうしてメイドマンとして属している。 敵対する組織の庇護下から逃れてきた人間がどれだけ、好意と信頼に値するのだろうか。 「……オレも。 みんなの役に立てるよう、頑張りたいよ」 触れる手を振り払ったりはしない。心地よい人の熱を受けて、細めるように瞼を緩め。 火の着いた煙草を灰皿に立てかけるように片手を机に預け、残った体はもう一歩相手の方へ。 自分よりもずっと高い位置にある肩に額を預ける。くったりと体重が掛けられた。 声にも、目にも、嘘があるわけではないのに。 身の内に秘めた何かは、誰にも言おうとしない。きっと、これからも。 「ありがとう、サルヴァトーレさん」 (-171) 2022/08/21(Sun) 20:47:25 |
【秘】 花で語るは ソニー → 無風 マウロ「目標があって。……ずっと追いかけてたんだけど、それが失くなった。 また別のものを追いかけていけばいいんだろうけれどさ、 気持ちの切り替えはできても、これからどうしていけばいいのかわからないんだよね。 ……普段どおりのことをしてると、特にそう思う」 同じ、とは言わない。深く傷ついている心に安易に共感するわけじゃない。 程度の差はあれどそれでも、重なるところがある。そう言うように言葉を重ねる。 本質的には嘘を吐いているわけではない。 その全てが心よりの計算でないものかはわからない。 見上げるように覗き込んだ目は、月の光が映り込んだ。透き通った、ジェイドの瞳。 柔く頬の輪郭を撫で、指を添えて。酒気で熱を帯びた顔を、自分のほうを見るように引き寄せる。 ほんの少しだけ、許可を求めるようにまばたきをするだけの間があった。 背筋を伸ばして、唇に触れる。少し酒のせいで乾き始めてきた唇を濡らして、重ねて。 まだいくらでも引き返せる内に、柔く食み合わせた熱を手放す。 見上げる目は甘えるように丸められて、僅かな潤みに包まれている。 「……マウロはこういうの、初めて?」 (-178) 2022/08/21(Sun) 21:49:05 |
【秘】 花で語るは ソニー → 永遠の夢見人 ロッシ/* お疲れ様です。 強い筋肉の描き方です。 驚かせちゃったナ…… お伺いのあった点に関しては全てお伝えしていただいて問題ありません。 せっかくなのでエピローグ後のお楽しみということで、ロッシから伝達していただければ。 ご連絡いただきありがとうございます。 (-197) 2022/08/22(Mon) 0:29:25 |
【秘】 花で語るは ソニー → 鳥葬 コルヴォ「それならいいけど。最近、物騒だからさ」 ぽつ、とこぼしたような言い回しの中には、一つ引っ掛けを残して。 祭りの熱気で湧く街は、騒がしくあれど物騒な話が出回っているわけではない、少なくとも多くにとっては口にすべき話でない。 今、どうしたことが起こってファミリーが解体されつつあり、それを臆面なく口にできる人間はいずれか。 簡単なひっかけは、意図するものがわかれば知らんふりも出来るだろう。 ソレを指摘した時点で、己も何を指しているか言い示しているようなものだ。 「そう? けれど墓地に添えるなら、悪くはないでしょ。 季節の花だし、きっと気に入ってもらえるんじゃない」 陽の下に照らされる鮮やかな色が意味するものも、指摘されることがないのであれば知らんふり。 笑って、隣に並ぶ顔は以前に比べると少しばかり表情にも翳りがあった。演技にさえ、精彩を欠いている。 口を開き、閉ざす。迂遠なやり方では届かなくなってきた。少しだけ、焦りが混じる。 「昔にさ、この辺りで友達が死んじゃってね。 なんでも取引現場に遭遇しちゃって殺されただとか言われてるけど、本当のことはわかっちゃいないんだ」 (-221) 2022/08/22(Mon) 8:35:27 |
【秘】 花で語るは ソニー → 名もなき医者 リカルド唾液を流し込むようにして唇を重ね、歯列の生え際を尖らせた舌先が丁寧になぞる。 は、と呼吸のために口を離したならば、混じり合った体液が橋をかけるように糸を引いた。 官能的な思考の霞がかかり始める、その視界の先にあるのは赤い舌と、対照的に輝く翠の瞳だ。強い、強い憎悪を抱えて。 それが恐らく、相手に抱いていた感情の反対なのだろう。 取引をし始めた時。接触した最初の機会から。あるいはそれより前から、ずっと。 「……アンタはいいよな。オレが欲しかったものを全部持ってるんだから。 そんなふうに利いたふうな口ばかり利いてさ。何がわかったつもりなんだ?」 掌が相手の首の付け根をソファに縫い付けるように押す。自分もジャケットを脱いで、テーブルに放り投げる。カシャンとグラスの動く音がした。 相手がテーブルに置いたドリンクを代わりに取って口に流し込み、先と同じく目の前の赤い唇に合わせる。 ぬるく体温の残った酒を口移しで含ませると、喉を反らせて無理やり嚥下させた。口内に残る薬が胃の腑に落とされるように、 熱っぽい体とは裏腹に、冷えた感触がやけに冴えて感じる。 体の小ささとは裏腹に指の長い手が、体の上を這って回る。薬の回りを、確かめているかのようだ。 あらわになった肌の上を、性感帯を探るようにゆっくりと動く手と同じように。相手の返事も聞かず、返事も碌にしないままに己の話を続ける。 対話をしようってつもりは、ハナから無いのだろう。 「4年前。オレには親友がいたんだ。日がな悪いことの真似事してばっかのチャチなチンピラだよ。 アンタらみたいなマフィアからも市民からも煙たがれるような木端の屑だ。居なくなっても、誰も困らない。 ……その存在価値の通りにそいつは死んだ。殺されたんだ。 お前達の海運取引の現場に、運悪くアウグストが視察に来た日に。偶然鉢合わせて」 (-224) 2022/08/22(Mon) 8:59:41 |
【秘】 花で語るは ソニー → 名もなき医者 リカルド/* やったね!(本音)かわいそう(他人事) 了解しました。 蘇生がある可能性を加味して組んでいるので、こちらは特に変更点等ありません。 発砲も一発ですので、発見が早かったり運が良ければあり得る範囲でしょう。 幼馴染三人揃ってよかたねえ…… (-246) 2022/08/22(Mon) 12:47:19 |
【秘】 花で語るは ソニー → 無風 マウロ/* 取り急ぎ連絡です。 2日目夜の襲撃の際に ・親友が偶然取引現場に居合わせてしまい、アウグストに殺された話 をすると思います。 エピローグ時空まで襲撃者を黙っていただくことについての理由づけになるかと思い共有いたしました。 (-256) 2022/08/22(Mon) 14:08:43 |
【秘】 花で語るは ソニー → 無風 マウロ嫌がるような素振りが無かったことに、安堵したように肩の力が抜けた。それも半分くらいは演技だ。 まるでそれこそ、見た目通りのハイティーンの子供みたいな素振りだ。あどけなく、辿々しく。 見上げる表情さえ稚気を残して見える、これから相手を引き込もうとしているのはもう少し色情的なものなのに。 嫌じゃない、と目線で問いかけて、もう少しだけ唇が触れ合った。伸ばした片手は相手の顔を引き寄せた。 もう片方の手で、迷うような手を指を組み合わせるように引き受ける。大したことでもないと言うように。 一歩踏み出して相手との距離をピッタリと寄せる。街路からの光は一層に届かなくなってしまった。 浅く触れ合わせた粘膜は段々と噛み合わせを大きくして、水音が大きくなる。誘うように舌先が唇をつついた。 じ、と見上げる瞳の色が交差する。 「そう、……少し堅い感じする。もうちょっと力抜いたほうが、気持ちいいよ」 瞳は逸らさず、触れ合う唇は離れないまま、時折、鼻筋や顎をすりあわせて。 口元に意識を集中させるようにしながら、相手の手を巻き込んだ手は腰の方に。 ぼんやりと熱のこもったままの手は、相手の裾をたくし上げて指を這わせていく。 アルコールで感覚の平時と違う肌に、するりとやけにくすぐったように指の腹を添える。 触れ合う面積が増えるごとに、体に逃れようのない感覚が溜まっていくように。 (-289) 2022/08/22(Mon) 19:57:12 |
【秘】 花で語るは ソニー → 鳥葬 コルヴォ「オレも知ってる場所かな。マスターと話が出来なくって困ってたんだ。 あの人は"誰にも"優しかったからさ。そういうところが招いた結果なのかな、って思わなくもない」 それだって、聞く人間に聞かれたならばすぐに悟られてしまうような言葉だ。 危ういことをしているとも思えるだろうけど、自分だけが安全圏のまま探れる物言いなんてのものない。 コレを訝しんだ時点で、相手の立ち位置が何かというのは知れるものだ。 ――それでも。普段であればきっと慎重にやってきたからにこそ、この歳でこの立ち位置だろうに。 結局のところ、焦燥に追われて足並みを乱しているのは、変わりないのかもしれない。 「……四年も前の話に、どうして無関係なアンタがこだわるんだろ。 せいぜいアンタがその頃にもココに出入りしてたって、ティーンエイジャーくらいだろ? 知ってる話なわけないじゃない、さ」 そんなつもりでは無かったか、或いはそれも鎌掛けの一部だったのだろうか? 僅かばかり表情に、市井の人間らしからぬ歪みが滲む。嘲弄めいた、平時には必要のない貌だ。 それさえすぐに疲弊に代わる、憔悴が打ち寄せる。 提案を受け取ったならば、そう。多少張り詰めたものを打ち破るように口端を緩めた。 両手を挙げるのだって一歩間合いから離れて、己の無害さを保証してから。 「わかったよ、それまで待っててくれる? 約束しておいて来もしないなんてのはナシにして欲しいね。 ああ、でも。……否定してくれれば、こんなふうに。 」牽制し合うような言い回しなんて、しなくて済んだのにね 踵を返しざまに力なく笑って、吐息に混じるように零した言葉なんて貴方は聞きやしないだろう。 もう少しばかり耳を傾けてくれる人間だったなら、いざ知らず。けれどもう、どうすることもできない。 相手にとっては不明瞭で無関係だろう目的だけを抱えて、その日は港を後にした。 手渡した花束には何も罪もなければ、仕掛けもない。誰かに手向けるのに、過不足は無い筈だ。 → (-317) 2022/08/22(Mon) 22:24:41 |
【秘】 花で語るは ソニー → 鳥葬 コルヴォ――……そうして、次の日の夜。 埠頭は夕暮れ時の栄えも逃して、いっそうに静かになっていた。 波の音が祭りの音さえ呑んでしまうのだろうか。あれだけの騒ぎが、ずいぶん遠くに感じられる。 このときのための蓄えだってあるのか国民性か、相変わらずどこまでも暗くて先も見えない。 いつか、かれらが活発であった時であったなら、夜闇に紛れて取引が行われていただろうに。 月の光に照った人の影の揺らぎさえ、今はなんにも。 現れた男は、表情の演技にさえも精細を欠いていて。 どこか、ひどい夢を見たあとのように、面は色を失っていた。 その中で、ジェイドの輝きだけがまだ、アイスブルーを抱えたまま酷く冷たく凪いでいる。 それを向けるべき相手は、少なくとも此処に居るわけではないのに、それでも、まだ。 「……パスカル?」 人の命を狙いに来たのだと言うのなら、ずいぶんと頼りないものだ。 最盛期の輝きはない、見る影もない。己の目標としていたものを、全て失ってしまったが故に。 わざとらしく立てられていたかすかな足音さえ今はなく。 砂利の起伏の上でさえ、ひとつきりの音も立てずに、貴方を探してあるき回る。 (-318) 2022/08/22(Mon) 22:24:59 |
【秘】 花で語るは ソニー → 名もなき医者 リカルド/* なんでこんな男を……もっと手を差し伸べるべき人間がいるよ 絶対いるよ やめときなよこんな精神グラグラヤリモク男 救われたがってる人はほかにいるよ (-319) 2022/08/22(Mon) 22:26:32 |
【秘】 花で語るは ソニー → 名もなき医者 リカルド舌先は胸板の上を這う。乳輪の外側をくるくると尖らせた舌がなぞって、焦らすように転がした。 愛撫が優しいのは、耐えているからだ。皮膚を引き裂くことが無いのは、それでは意味がないからだ。 どれだけこの場では踏み躙って憎悪を刃に変えてしまいたくても、見かけは工作しなくてはならないから。 「アンタはその時何をしてたんだ? アイツと一緒に、ジャンニを殺して楽しんでたんじゃないのか? 」余った酒を、腕に絡んだシャツに浴びせかける。咄嗟に防御姿勢が取れないように。 コカレロの独特の匂いと色素も、すぐに汗の匂いに紛れてなんだかわからなくなる。 片手は相手のベルトに掛けられ、いつでも手に取れるようにテーブルの上に残置された。 打ち掛け釦を外して、ファスナーを手の甲で下ろすようにして下着の中に手を入れる。 「ねえ、アンタは先生からオレの両親のことも聞いたの? ずっと教えてくれないんだ、先生はオレに優しいからさ。 本当は、気付いてた。ずっと、花の送り主が父さんと母さんじゃなくなったことも」 貴方にとっては、全て身に覚えのない話だろう。初めて聞いた話がほとんどだろう。 誰にとっても記憶に残しておくほど大事ではない話というのはいくらでもある。 きっとそれだって、その中の一つだったに過ぎない。耳にしたとて、聞き流す程度のこと。 心当たりのない恨み。つまり、妄想症だとさえ言ったっていい。壊れかけの人間の、妄想だ。 貴方は、自分に仕事を教え引き継いだ人間のことは覚えているだろう。 では、その更に前の代の人間のことは? 覚えているはずがない。普通に考えれば、そうなのだ。 「そのポストについているアンタが、前々任者が誰だかを知らないはずないだろ。 父さんと母さんはアウグストに殺されたんじゃないのか? アンタは父さんと母さんがどうなったかを知っていて隠蔽してるんじゃないのか? 」両親の、親友の仇を失って、刃を向ける先を失って。 目の前の男は、貴方をアウグストの代わりに仕立て上げようとしているのだ。 そうしたら、大切だった人たちの仇を討てるから。 (-342) 2022/08/22(Mon) 23:13:29 |
【秘】 花で語るは ソニー → 家族愛 サルヴァトーレ思えば、どうしてこんなことをしたのかなんて。 先走った愚か者、背信に狂った裏切り者が誰かなんて。 言葉にしてもよかったのかもしれない。あの会議の場でも。どこでも、なんでも。 "マウロ"と呼ばれた男が誰に殺されたのか。組織の益にならないとわかっていて、なぜ。 誰のせいでもない。男は己自身の我意と傲慢によって、地獄の底まで落ちるのだ。 本当は誰かが止めてくれることを望んでいたのかもしれない。 本当は誰かに裁かれることを望んでいたのかもしれない。 けれどももう、たらればでは意味がない。 友人も、追う背中も、連れ立つ小さな手も、見守る瞳も、全部一度に失って。 見据えるべき明の金星さえ失った男はいずれ、自分自身さえ手放してしまうだろうから。 みなが貴方という傘の下に身を丸めて体を寄せ合う、その中に在れたなら。 ひょっとしたら、誰のことも失わずに済んだのだろうか? 「……うん」 寄せられる唇の柔さ、体温の暖かさ。優しさの帳の中に隠れるようにして、口を閉ざす。 丸まってあやされる子供のようだ。抗うこともなく、腕の中で目を閉じて。 己が組織の中で用立てる為に、その体はしっかり鍛えられたものだったけど。 それでも、どこかで立ち止まってしまったままのような面立ちはあどけないままだ。 「ドライブがいいかな……車の中でするの好きだから。 ……ね。もうちょっとだけ甘えてても、いい?」 首筋に頭を擦り寄せながら、煙草を手にしていた手は火口を灰皿に押し付けて手放される。 ほんのすこし、最後のひととき。貴方が居なくなってしまうその前までは。 短い安寧に身を委ね、失われるものがないようにと願い続けているのだろう。 全部手遅れだ。 (-381) 2022/08/23(Tue) 7:20:59 |
ソニーは、かつては《天使の子供(Sonny Amorino)》だった。 (a28) 2022/08/23(Tue) 7:22:20 |
ソニーは、けれども己の中の悪魔が囁く言葉に耳を傾け、復讐に己の人生を売り渡してしまったから。 (a29) 2022/08/23(Tue) 7:24:15 |
ソニーは、マルガレーテの居ないフォースタスには、祈りによる救済が与えられることはない。 (a30) 2022/08/23(Tue) 7:25:06 |
【秘】 花で語るは ソニー → ザ・フォーホースメン マキアート上がる嬌声を呑むように、背筋を伸ばして首筋や顎に何度もキスをする。 自らの手を受けてこうも反応してくれる、相手がとても愛おしく感じる。 快楽を分け与え合い、熱を交換するだけの作業でこれだけ胸の内が満たされるのだから堪らない。 触れ合いたいと、そう願う。そんな行いの甘やかな優しさが、男は好きだった。 肌の感覚さえもが邪魔するような焦れったさに、抑えきれない己を宥めるように肺から息を吐く。 「……かわいい」 懇願する言葉さえも、どうしようもなく歓喜を呼び起こすのだ。 深く吐き出した息でそれに返事をして、相手の陰茎からするりと落ちるように手を離す。 僅かに濡れた手で二、三自分の陽物を扱く。少しの興奮でも十分に固くしていたのだから、 準備のために掛かる時間だってそう長くはない。足と指とで引っ掛けるように渡してゴムを手に取る。 封を開け、自分のものにするするとかぶせる。薄いゴムの擦れる音が響いた。 片手で照準を合わせ、揺れる相手の体をそっと誘導するように下ろさせる。 指が抜けてもまだ平時のように締まりきっちゃいないのだろう後孔に指を添えて、 角度を合わせて相手の尻をゆっくりと下側に導く。亀頭が包まれて、く、と喉を鳴らした。 はじめはなじませるように奥までじわじわと挿入していって、姿勢であったりも含めて落ち着かせて。 深く深く、息をして。軽く呼吸を整えてから添えた手で誘導するように腰を動かす。 ベッドの上だったならもっとあちこち構えもしただろうけど、今は一点集中でお預けだ。 「は、ぅ……あったかくて、とろとろしてる……どう、……気持ちいい?」 (-419) 2022/08/23(Tue) 16:19:44 |
【秘】 花で語るは ソニー → 墓場鳥 ビアンカまだ、朝も明けたばかりの早い時間のうちだった。 花屋に顔を出して、草木の準備をしながら電話を取る。内容は、娼館からの伝達だった。 ソニーが努めているのは何も知らない表の店ではなく、裏稼業のものとのやりとりもある店だ。 資金洗浄の窓口であったり、連絡役との伝達だったり。仕事に事欠く立場ではない。 だから直接組織の人間から店に対して連絡が来るのだって、不思議な話ではなかった。 「……カテナ? なんでこんな時間にウチに……」 電話先の女性の声は、まくし立てるような速さで喋る。焦っているようだった。 従業員の一人が、不穏当な話を小耳に挟んだということ。 まだ、組織の方との橋渡しとして顔役を請け負っている女性と連絡が取れていないこと。 不安を掻き立てるような噂の実際が、確認出来ていないということ。 焦燥のせいか脈絡もなく前後してまとまらない話を、頭の中で整理して、 息を、呑んだ。 宥める言葉もそこそこに電話を切り、店主に短く事情を説明して店を出る。 通報とどれだけ前後したのやら。いずれにせよ朝の街はまだ、呑気な風景を広げているだけ。 ひょっとしたらこの街の中で何人かが消えたということも、耳にしてはいるのかもしれないけれど。 死んだマフィアの人間のことなんて、市井は気にしてやくれなかった。 花の積まれていない配達車を走らせ、目撃情報を精査して。 その間に、通報された下半身の話も耳に入り、車が通ったのだろう道筋を精査する。 ひとりきりで探しているのでよかった。みっともない顔を誰かに見せずに済んだから。 最終的に車を走らせた先は街の漁場、何度か訪れていた埠頭のすぐ傍。 おそらくは、きっと。"使いで"のない上半身は、下半身よりひどい状態なんだろう。 探し出してやっと対面した頃には、元の形を想像するのも難しいのかもしれない。 それでも、ジャケットで包んで、震える手で、持ち帰った。 ……誰にも見せず、荼毘に伏そうかと。そう、わずかに頭をよぎった。 (-423) 2022/08/23(Tue) 18:03:02 |
【秘】 花で語るは ソニー → 墓場鳥 ビアンカ/* お疲れ様です。諸々連絡が遅れてしまい申し訳ありません。 上半身についてなのですが、ひとまず提示のあった漁場で発見することにしました。 あともう一往復で終わるとは思うのですが並行して確認したく、 ・上半身はどんな状態でしょうか(これはロールで返答いただいても構いません) ・他の方々に見せず、こちらで処分することは可能でしょうか (想定される今後の話もあると思いますので、誰かに渡す予定があれば従いますし、 ふつうにクリスティーナのところに持ち帰るのでも構いません) 手が空いたときにでもご返答いただければ幸いです。 (-425) 2022/08/23(Tue) 18:06:30 |
【秘】 花で語るは ソニー → デッド・ベッド ヴェネリオ非常灯だけが病室を照らす、深夜を回って明星さえ落ちてしまった宵の内。 足音を立てずに歩くのも、人のいない間を縫って歩くのも得意だった。 けれども朝になってしまえば、何かがあったというのは知られてしまうのだろう。 何処かで誰かと交戦をして、手傷を負った体からは長い間隔で血が滴っている。 死ぬことは出来なかった。死ねないだろうとは思っていた。 それでもどうしても今、此処に来なければならないと決めて、足を踏み入れた。 既に冷たくなって久しい体は、生きて笑っていた時とは同じようにも違うようにも見えた。 乏しい明かりの中に横たわる貴方の傍に立って、見下ろして。何も言えずに佇んでいた。 もうあと一歩もない場所に貴方が居る。だのに突き放しさえ、してくれやしない。 自分以外に動くもののない部屋の中で、しばらく自分の心臓の音だけが聴こえた。 幾許か振動にも似た音の鳴った頃にやっと動いた手が、かすかに貴方の指先に触れた。 熱のない感触をたしかめた瞬間、肘を伝って肩まで震えた。ひどく、恐ろしかった。 死んだ人間に触れるのだなんて初めてでもなんでもないのに。 「、ふ」 少し喉が動いただけ。ちょっと呼吸をしただけだったのにも関わらず、たったそれだけで、 それまで抱えていた何もかもが崩れ去ってしまったかのように、瞼の内から涙が零れた。 痕跡を残すヒットマンだなんて、その有り様としては失格だ。 誰にも知られず、悟られずにこの場を後にすべきだった。そのはずだった。 けれども溢れて顎まで伝う涙を拭うことさえ忘れたように、寝台に手をついて。 まだ夏の気温の下、死体の置かれた部屋はもっとずっと管理されているだろうか。 どちらにせよまだ死後硬直の緩解しない指先を握る。蝋のような感触だった。 「先生、」 → (-442) 2022/08/23(Tue) 19:48:34 |
【秘】 天使の子供 ソニー → デッド・ベッド ヴェネリオ喉から溢れ出した音は涙声のせいで不鮮明だった。耳のある者が居たとて、聞き取れやしなかったろう。 ほとんど崩れ落ちるように、白いシーツを握り込む手に体重が掛かった。小さく寝台が揺れる。 行き場を失くした涙が落ちて、床に僅かな血が溜まり始めてそれでも尚、何も起こらない。 動くものはない。誰一人。自分以外は、何も。 堰を切ったように泣きじゃくる顔はひどいものだったろう。息をするのも苦しいほどだ。 泣いて、泣いて。そのせいでやっと、凍りついた喉が開いた。吐いた息は全て嗚咽に替わった。 「……先生、なんで、……置いていかないでよ、頼むよ…… オレを傍において、連れて行ってよ。どうしたら、よかったんだ……」 あの日、貴方に最後に会った日。本当は貴方を殺すつもりだった。又は、殺されるつもりだった。 貴方が最後に見るものが自分であればいいと思ったから、もしくは、逆ならばいいと思ったから。 幼稚で独りよがりで、相手の都合など何も考えてやしないろくでもない考えだ。 けれども本気でそう考えるほどには、誰が死ぬかもわからない状況下で追い詰められていた。 耐えられなかった。ほかの誰か、何かに貴方を奪われてしまうことが。居なくなることが。 固まったままの指を何度も握り直して、手を添える。いつか握り返されたときのように。 そうすれば、熱を移せばまた動き出すのじゃないかと試すように何度も、何度も。 手の中でろくに動きもしない関節を包み込んで、頬を寄せて。指先に口付けた。 思慮深い頭の働きなど、もうほとんどしてやいないのだろう。泣いて酸欠の頭では手一杯だった。 ただ、目の前の貴方がもう二度と動かないことを受け入れられないように触れ続けた。 それだって稚拙で弱々しく、自分のことばかり考えているのがわかるような行動だ。 けれどもそれ以上の何にも踏み出せない、馬鹿馬鹿しいほど些細なものだ。 「何も、手に入らなくったって、いい。もう望んだりや、しないから。 生きて、あってくれるだけで、……それとも、オレが、殺せなかったから?」 結局は貴方にとって満足の行く終わり方だったのだとしても、男には伝わらなかったから。 ただ勝手にこうして己の不足を責めて、苦しんで。動かない体に、瞼に唇を寄せて。 生きている間に伝えられなかったものを今更に語るように、乾いた唇にも、同じようにした。 (-443) 2022/08/23(Tue) 19:50:22 |
【秘】 天使の子供 ソニー → 墓場鳥 ビアンカ引き上げた体を腕の中に抱く。タオルでも持ってくるべきだったろうか。 こうなってしまった貴方を見てすぐに、どうするべきかなんて考えられるほど男は冷静じゃなかった。 せめても彼が大事にしていた彼に見せることにはならずに済む、それが幸運か幸いか、なんて。 彼らひとつひとつの末路を考えれば一概に言えるものでもないのだということさえわからないほどに。 引き上げた体は、濡れたままジャケットに包まれた。それだって十分じゃない。 人目をはばからずに配達車まで引き上げると、助手席に渡すように彼女の上半身を寝かせた。 顔に這うように固まった血をアルコールの入っていない使い捨てのウェットタオルで拭いた。 メイクの上からでも使えるリフレッシュシートだ。香水みたいな、いい匂いがした。 ダッシュボードの中から櫛を取り出して、あの綺麗だった髪にいつも通りに通そうとして。 海水でからまった髪は、無理に引っ張れば柔い皮膚ごと離れてしまいそうだったから、やめた。 少しずつ、少しずつ丁寧にきれいにしていった。無心で、無言のまま。顔貌には表情も無い。 ただ、それだけが出来ることであるように、出来る限りのことをした。 クーラーを効かせた車の中に満ちていた花の残り香は次第に死臭に追いやられていった。 時折通りかかる漁師が車の中を覗いている気配があっても、気にもとめないまま。 ベルトに着けた隠しポケットから、Tハンドナイフを取り出して肌の上にすべらせる。 書き殴られたメッセージを、ナイフで削いだ。それは彼女には相応しくなかったから。 刃を通しても、血が出ることはなかった。 外の気温の安定してくる頃には、最初よりはずいぶん見栄えするようになった死体を見下ろす。 あの日相談を受けたその日に、彼女と彼を外へ逃がせばよかったのだろうか。 呆然と考える。合理性や確実性を加味する余裕もない、思考の逃避でしか無かった。 「……綺麗に、……しなきゃ」 働かない頭のままに考える。誰かに、こんな彼女は見せられない。ただ、それだけの考え。 何度も体を合わせた彼女との間にあったのは友情に近いもので。果たさなければならない義理があって。 だから、彼女のことを。誰よりも死体に対して礼儀を向けてくれそうな彼に、託すことにした。 マフィアの烏に渡したなんて言ったらきっと夢で悪態をつかれるのだろう。力なく笑いながら、配達車のエンジンを掛けた。 (-452) 2022/08/23(Tue) 20:25:41 |
【秘】 天使の子供 ソニー → デッド・ベッド ヴェネリオ胸に灯った火がいつからそこにあったのかはわからない。初めは見えないほど小さな星火だった。 けれどもこの瞬間に至るまで、その命の尽きるまで、ずっと男の心は貴方のものだった。 貴方だけのものだった。絶えず、揺れることさえなく。ひとつきりの持ち物だった。 だからきっと、そこに違えがあったのだとするのならば。それは隠し続けた青年のせいだったのだろう。 交わした口付けはほとんど触れるだけのものだった。それで精一杯だった。 或いはあの日手を引かれていたのならば、重ね合う熱はもっと暖かなものだったかもしれない。 涙が皺に滲みてうっすらと水気を増す。それも僅かな隙間に吸い込まれて、失くなってしまった。 ほんの小さな現象でさえも、まるで二度と青年が貴方に与えられるものなど無いことを示すようで。 唇を重ね、指を触れればそうするほどに、もう異にされた幽明境を感じられるようだった。 もっと移り気で、気軽で、只々の別れとして思えるくらいのものであれば良かったのだろうか。 そうであればこんなふうに貴方を心配させ、呆れさせてしまいそうな別れをせずに済んだのか。 ぎゅうと、最後に指を握り込む。もう血の通わない指の肉が、少し潰れて痕がついた。 「……、こんなことしたら、怒るかな……」 ぼんやりと、浮かされたように曖昧な言葉が唇から出る。涙を吸って、息がし辛い。 懐から取り出したのは、いつか街中で誰かと交わした話題の中にあったもの。 アーモンドの花の枝を象った、プラチナの指輪だった。 小さく散りばめられたジェイドは己の瞳の色。それもまた、独善的で幼稚なものだ。 貴方の指にそれがあったなら、いつでも貴方を感じられるかもしれないと、そう思っていたのだ。 少し、貴方の指にはほんの少しだけ小さな指輪。きっと合わないと、買った時は思い返していて。 やっぱり上手くはまらないそれを無理やり、左手の薬指へと添えた。 誓い合わずに一方的に押し付けられたものに、どんな価値があるというのだろう。 (-464) 2022/08/23(Tue) 20:50:38 |
【秘】 天使の子供 ソニー → デッド・ベッド ヴェネリオ部屋の中の僅かな光が、貴方の薬指で輝くほんの小さな色を照らしてキラキラとしていた。 それで、何か区切りがついたように、終わりを見出したかのように。 指輪に、唇に。もう二度と開かない瞼にもう一度ずつだけキスをして。 去り際に見たのは、サイドテーブルの書き置きだった。 小さく、けれど長く、今までの多くが書き綴られていたのだろうくしゃくしゃの紙を手に取る。 「……知ってたよ。遠い国から、あんなに正確にこの国の季節の花がわかるわけないんだ。 花屋の店主さんがさ、そう言っていたから。そう、教えてくれたんだ」 貴方から託されたものは、本当は気付いていたはずなのに。 この結果はいずれ伝えるべきものを先延ばしにしていた罰なのだろう。 見下ろした表情に、最後に一度だけなんとか笑い返そうとして、うまく笑えなかった。 「さようなら、……先生。オレの、ヴェネリオ」 最後まで果たして、青年の声は大気を震わせられただろうか。 自分じゃ聞けなかった、わからなかった。貴方が教えてくれたならばいいのに。 もう叶わないことを思い浮かべて、貴方の部屋を後にした。 (-466) 2022/08/23(Tue) 20:55:11 |
【置】 天使の子供 ソニー小さな部屋の中に、音楽が流れ続けている。子供のための祈り、子守唄の伴奏だ。 締め切った部屋は蒸し始めて、細く流れる血の匂いが壁に塗り込められるように充満し始めている。 バスルームの壁を背にして、乾ききっている空のバスタブの中に座り込んでいた。 此処までに至る幾つもの部屋には鍵が掛けられている。辿り着くまでには、時間が掛かるだろう。 ぼんやりと天井を見つめていた。そこに楽譜があって音符が踊っているかのように、指で辿る。 目線はタイルの色をほとんど形も判然としないままに見つめている。ジェイドの色が輝いていた。 僅かに差し込む月の光はちょうど目元を映し出していて、瞼に嵌った宝石を照らし出す。 考えていた。自分に何が残っているのかと。 親友と親の仇、そう思いこんでいた人税の目標のような誰かを失った。 仰ぎ見るように心の中にあった、甘い匂いのする眩しい明星を失ってしまった。 たった一人きりの友人を失い、己が助言を仰ぐ優しい手を失い、 己が先に順番が来たとしてもその背にして守るはずだった目上の彼を失い、 この街から逃がそうとしていた友人も、彼女が大事にしていただろう脆い存在も失ってしまった。 此処に残り続ければ自分の手に何が余るのか、何が出来るのか。考えた、筈だった。 ぼんやりと麻痺した頭は、死臭に囚われてしまったように眩んでしまって。 自分の中には何も無いのだと、ようやく気付いてしまった。 「……♪……♪……」 手の中にはくしゃくしゃの紙。手の中には一丁の拳銃。 それは誰かから買い付けたものではなくて、隠し持っていた虎の子の一丁だ。 思い出の中のメロディを鼻歌でうたってみて、それを耳で聞く。けれどもそれは、自分の声だ。 本当に欲しかった誰かの声ではない。それはもう、得られはしない。 (L8) 2022/08/23(Tue) 20:56:43 公開: 2022/08/23(Tue) 21:00:00 |
【置】 天使の子供 ソニー「……ああ、約束。果たしておけば、よかったかな」 ほとんど抑揚のない声が思い出したようにこぼした。誰に向けるでもない声だ。 けれども一度言葉にしてみたなら、誰かが聞いているような気がしてしまって。 叶いもしないことを、口にしてみた。 「ねえ先生、最後に。オレに、――……」 最後に口にしたのは何だっただろう。 誰も聞かない。聞こえない。届かないだけのもののまま。 その声も、心も。命も。思い出も瞳も、花の匂いも何もかも、一人のもののまま。 どこかそれに安堵しながら。 拳銃の引き金を、引いた。 (L9) 2022/08/23(Tue) 20:59:44 公開: 2022/08/23(Tue) 21:00:00 |
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