──シーン：高校時代──

［人気のない図書室。>>3:152
　神宮の座るテーブルに積まれた本はどれも、
　多元宇宙論や量子力学に関する分厚い書籍。
　一冊だけ異色を放つのは。
　その手の中の、宇宙服を着た骸骨が
　表紙にあしらわれたハードカバー。

　近づいてくる足音にも、顔は上げない。
　その必要を感じていないからだ。

　──“ねぇ、何読んでるの？”

　そう問いかけられて初めて。
　眼鏡越しに視線だけを持ち上げる。］



　　“………Inherit The Stars”


［答える声には、抑揚はない。
　問われたから答えた。
　用は済んだとばかりに、
　視線はすぐに手元に落ちる。

　御行が問えば、神宮は答える。
　二人のやりとりは、その繰り返しで成り立つ*］　

［神宮の興味関心は、人間よりも事象に向かう。
　それでも、何くれとなく話しかけてくる御行は、
　結果的に学校の中で一番よく会話をする相手には
　なっていた。>>3:155
　「おまえは変わっている」と何かの拍子に
　御行を評したことがある。

　世間一般的には、毛色が変わっているのは
　自分の方なのだろう。
　その程度の自己認識。］


　　どうして──と言われても。
　　その必要があるとは、認識していなかった。

　　気に障ったならすまない。


［肩を竦めながらも、謝罪を口にする程度には。
　図書館での会話時点から、
　幾分二人の関係は様変わりしている。］

［向こうの住所を、と言われて。
　淡々とした口ぶりに、少しだけ
　疑問の色が交じる。>>3:155］


　
　　………教える必要が？


　　手紙でも書くのか。


［返事は期待しないでくれ、と
　冗談でもない声音で告げる。
　それ以上食い下がられなければ、
　住所を教えることもない。

　不意に片腕を掴まれ、
　それまで動きの少なかった神宮の表情に、
　一瞬不可思議な色が過る。
　捕らえられた自分の腕に、
　そうして御行の顔に、視線を当てる。*］

　“必要……ない？”

[そうだ、手紙が書きたかった。>>2（これはモノローグ）]


　“君には、僕が、必要ではない？”

[今日を「最後」にしたくなかった。（これもモノローグ）


ト書き：御行涼は神宮啓の片腕を掴む。]


　“”

[ト書き：涼、絞り出すように言う。（ここで突然の驟雨）

その“好き”は友達としての“好き”を超えていた。
言ってしまってから、僕は気づいた。（モノローグ）]

[啓が、不思議そうに涼を見る。

冷たい、氷のような……
その中にほんの少し何かが揺らぐのを。
見逃してしまった……。

　その次の瞬間、涼は啓の手を放す──。
　**]　　

──自宅──

　そう？
　なら、全体的に共有スペースってことで。

[実家では自分の部屋もあっただろうし、元々他人と接する機会が薄いようだから一人になれる時間は必要かと思ったが、そうでもないらしい。>>3:198

それだけ打ち解けているというか、信頼や安心感を持って貰えているのは嬉しいし、かわいいと思う。

必要がなければ手を出して来ないだろうという意味での信頼感や、単に警戒心がないということでもないのはわかっているけれど。]

[そういう意図を持って触れると戸惑うのは、撮影やヒートの誘発の懸念がなくなっても変わらないようだった。

性交渉そのものに抵抗があるというより、彼の意識的な問題なのだろう。

Ωだから好きになったわけではないと口先だけで告げたところで意味はないから、そうだとは言い切れないという答えしか出せない。

己がαだからかもしれないが、性的対象の性別に偏りはない。

例えば相手の第二性がなんであれ女性を抱こうとしたとして、女だからしたいのかと問われても、いや……？どうだろう？となると思う。

俗に言う身体だけが目当てだったのねという感覚なのだろうか。

だとしたら答えはノーとなるけれど。
かと言って、それを証明するためにも手は出さないよと言う気にはなれなかった。]

[今からだと夕飯の時間を過ぎそうだからと身体を離して。

澄夜が自分で出来ることを増やす目的の一環として、夕飯を選ぶことから始めてみるのを提案した。

澄夜が考え込む間、好みそうな店を提案することも考えたが、決められないと言われたらで良いかと口を開くのを暫し待つ。

結果的にその必要はなく、告げられたのは、彼はまだ食べたことがない、少し前に初めて存在を知ったらしい料理だった。]

　グリーンカレーだね、了解。

[徒歩圏内に食べられる店があるから行こうかと、欲しい物が告げられたことに頭を撫でた。]

[“お白湯男子“やら“もずく男子“の称号を持つ澄夜のSNSに投稿したら驚かれそうなメニューだけれど、今はスマホがないのが残念だ。

スマホやPCは貸せるから、澄夜のアカウントにログインしたら良いだけの話ではあるが、家出中に呑気に料理の写真を投稿するのも良くないか。
居場所がバレかねないのは抜きにしても、こう、心象的に。

それでも澄夜の初グリーンカレーと同棲の記念ではあるから、写真は此方で撮っておいた。

スパイスの多い料理は澄夜の普段食べているものとは遠そうだけど、口にあっただろうか。

食べたことがないものや行ったことのない場所、したことのないことは、これから経験していければ良いと思う。]

　そういえば、家の案内をしてなかったね。

[夕食から帰ってから、どこに何があるのか等は教えておこうと風呂の支度をしようとして思い出した。

タオルの場所などの洗濯機周り、茶葉やコーヒーの在処と台所周りと、日常的に必要なものは粗方説明して。

風呂は先にどうぞと言ったら遠慮されたかもしれないが、あの蔵屋では落ち着いて入るでもなかっただろうから。

とりあえず今日のところは寝間着はこれで良いかなとTシャツとスウェットと楽な服を渡した。
着慣れないかもしれないけど、楽な服装ではあるので。

澄夜の荷物は、舞踏の仕事のための道具以外はそう多くはない気がしているので、運び込むのもそう大変ではなさそうだし。

夜逃げのようにはさせたくはないし、そこは話し合いで許可を貰えるようにはしたいところだと思う。]*

　あの……圭吾さんも、一人になりたいと時は
　そう仰ってくださいね？

[そういったことは我慢していてはいけないと思うから。

僕も練習で集中したいとか、そういうことがあればちゃんとお伝えしますからと伝えたら、きっと頷いてくれるのだろう。]
　

[そしてお夕飯は、生まれて初めてのタイ料理になった。
辛いものもそれなりあるということで、圭吾さんがお店の人に辛さ控えめにと伝えてくれて。

それでも目を白黒させるほど辛いものもあったりはして、食材からして知らないものが入っているものが色々あることに驚いた。]

　これ、初めて食べました……。

[三つ葉に似た葉っぱだけれど全然違う香りがしますね？と緑の葉を摘まめば、パクチーというものだそうで。

苦手な人も多いということだけれど、僕は好きな香りだった。辛かったり酸っぱかったり甘かったりするタイ料理には、この癖の強い葉がよく似合っていて。

果物としての感覚しかなかったパパイアがサラダになっているのも驚きなら、初めてのグリーンカレーはカレーだけれどカレーじゃないような、不思議な味がした。甘さもあるし、じんわり辛い。]

　写真、ありがとうございます。
　あとで、悠凛さんに報告したい、な。

[グリーンカレー初挑戦してきました、おいしかったです、って。
分け合って食べようと、圭吾さんが頼んでくれたガパオという料理もおいしかった。鶏肉ご飯だけど、これも全然、知らない味がして。]
　

　一度教えてくださったら覚えられると思います。

[コーヒーメーカーは自宅にもあるものの、僕がスイッチに触れることはない。

水を入れ、置くだけで沸くようなポットはこれまで使った事がなく、注ぐ水の量だとか浄水器の使い方だとかに頷いて。

洗濯機。壁にパネルが色々ついている浴室。
本当に僕は、周囲に世話され続けて生きてきたんだなと思い知ることになった。]

　お風呂は……、お湯が溜まったか
　様子を見に来れば良いですか？

[自動的に指定した水量で湯が止まるよと言われれば、すごいですねと幾度も瞬いた。

未来都市の家のようだと思ったものの、うちの家が昭和半ばの文化で止まっているのだろうな、きっと。]
　

　………………。

[背の高さが違うとはいえ、同じ男なのだし、Ｔシャツくらいは普通に着られるだろと思った、お借りした服。

スウェットはともかくとして、明らかに肩幅が合わない──体格の差異もあるし、僕が撫で肩なのが悪い──Ｔシャツは、いかにもＴシャツに着られてますという風になった。

女形としては有利でしかない体型だけれど、普通に男として着流しだったりが似合うのは圧倒的に圭吾さんなんだよなあと、僕と同じ風にＴシャツを纏って浴室から出てきた圭吾さんに、「おかえりなさい」とはにかむ風に微笑んだ。

思った以上の異変が起こったのは、寝室──日常、圭吾さんが寝起きするベッド──にお邪魔した時、で。

この家に足を踏み入れた時と同じ風な、いや、もっと強い感覚に襲われた。

ヒートじゃない。ヒートじゃないけど、お酒を飲んだ時のような感覚に。]*
　

［問いを畳み掛ける御行。>>3
　これまでは一定のテンポで応答していた
　神宮の調子に、僅かな遅れが生じる。］


　　──…　

　　誰かが自分に必要だとは、
　　考えたこともない。


［何かを振り絞るような、御行の告白。
　それは、図書室で難解な専門書を読み解く時にも
　寄らない皺を、神宮の眉間に刻む。］

［いつの間にか空は雲がかり、
　サァッと細い雨が二人に降り注ぐ。>>3］



　　…雨だな。


［見れば分かることを口にして、
　ふっと空を仰ぐ。
　神宮の腕から離れゆく、御行の腕。
　それを視線で追うことはない。>>4］


　　早く校舎に戻った方が良い。
　　制服は乾くのに時間がかかる。


［黒一色の私服に身を包んだ神宮の口ぶりは、
　元の平静なものに戻っている。*］

[圭吾さんの部屋に泊まる（いや、住む？）ことになった初めての夜。夕食を終え戻ってきた頃、圭吾さんのスマートフォンに姉からの連絡が入った。



明後日って……、と、圭吾さんと顔を見合わせる。
雑誌インタビューがあったはず。 >>3:106

午前中からの仕事だから、午後2時以降あたりにセッティングしてくれたら話し合いに出向けるということになった、かな。]
　

[その旨返信したら、



そんな返事と共に、ぴろん、とスタンプも添えられてきた。

悠凛さん？……じゃなくて、これ、"Ever After"のユーリだ。
指ハート作ったアイドルスマイルの上、金文字で「がんばれ♡」と。もちろんハートはピンクだ。



いや、知らないし。
どうでもよ……くはないけど、ここで悠凛さんに応援されても、どんな顔して良いか解らない。

しかもこれ届いてるスマートフォン、僕のならともかく圭吾さんのなんだけど。]
　

　……そういえば、祖父サイドが
　勝手に雑誌社に連絡を入れた、とか。

[夕食を摂りながら、その話は圭吾さんから聞いていた。
圭吾さんとの２人撮影だったのが、写真別撮り、インタビューも別室かつ個別でという連絡が入ったと。]

　……確かに祖父は伝統芸能界では有力者ですが。
　そういうやり方は良くない、ですよね。

[狭い世界で生き続けた所為で、暴君になってしまっているところが、少なからずあると思う。
今の"澄翔"は僕なのだし、先代と言えど、当人差し置いて仕事の変更指図までして良い道理はないわけで。]

　変更の変更で申し訳ないですが、
　当初の予定のままでと先方に伝えておかないと。

[そう告げ、まだ出版社内に人が残っているだろうしと圭吾さんに電話を繋いでもらい、取材は２人で受ける旨、澄翔の名でお伝えしておいた。他に誰から連絡があっても私の意志を優先してください、と。]
　

[────そして、取材当日。

まだ実家には近寄れないからと、取材直前、澄翔専用の楽屋がある月嶺一門所有のホールに寄らせてもらった。

予備の着替えを此処に置いているからと、楽屋内で家を出た時よりは幾分まともな格好に整える。
ドラマの取材だからと、圭吾さんも今日は和服だったかな。

せっかくだからと圭吾さんの着物素材の紬に僕も合わせ、色合いも銀鼠に薄浅葱と、劇中の２人に寄せるものにして。

指定された雑誌社のスタジオに向かい、この度は連絡が錯綜して申し訳ないことをと謝罪すれば、幸い、祖父絡みの者が此処まで来たりだとか更なる連絡をしてきたとか、そういった事は無いことに安堵した。]

　写真はともかく、インタビューって緊張、しますね……。

[日本舞踏絡みでインタビューを受けたことはそれなりあれど、俳優としてというのは初めてのことだから。

これまで受けてきたものは固い感じのものが多く、それはそれでお答えしやすかったのだけど、一体何を聞かれるものなんでしょうかと小さく笑った。]*
　

──自宅──

　これは少し辛いかも、大丈夫かな。

[タイ料理は辛めのものも多いからと辛さは控えめにしてもらったものの、癖のある物も多いから、苦手なものがあれば此方で引き取るからと言っていたが、特段そういったものはなさそうで。>>11

パクチーも味の濃い料理と合わせて食べるのに良いと気に入った様子に、それなら大抵の物は美味しく食べられそうかなと、初めての料理への反応を微笑ましく見守った。

件のグリーンカレーも口にあったようだし、名前を聞いた時はまた初めて聞く単語に疑問符を浮かべていたガパオも美味しいとのことで、タイ料理は好みの方向なのだろうとわかって。]

　澄夜との食事は飽きなくて良いね。

[悠凛君達ともタイ料理に行く約束もしているし、その時はまた違う料理も食べてみると良いよと微笑んで、グリーンカレーを掬ったスプーンを口に運ぶ。

洋食屋のカレーと蕎麦屋のカレーと、タイ料理やインド料理屋のカレーもまた違うけど、どれもそれぞれ好きだなと話しつつ。

悠凛君に報告したいと嬉しそうに告げるのに、早いところこの家出状態は解消して、澄夜が自分の時間を気兼ねなく過ごせれば良いのだけど。]

[おそらく地続きでこの家に暮らすことにはなるからと、帰宅してから必要そうなことを伝えれば、月嶺家との違いはそれなりあるらしかった。

神社での生活描写は風呂まではなかったが、あの山の中での生活よりは近未来的には違いないけれど、都市部にある月嶺邸の生活様式も、うちと比べるといくらかアナログなようで。

そこに強い拘りがあるわけでなければ、覚えるのには楽なものばかりだと思うよ、とは。>>12]

　サイズは大丈夫そう？
　似合ってる……というのも変だけど、
　かわいいよ。

[交代で風呂へと入り、渡したTシャツ姿の澄夜は、和服以外は初めて見るから新鮮だった。

ラフな部屋着であるし、サイズも違うのに似合うというのは違うかと訂正を入れたが、似合ってるでも間違いではない。

見慣れた己の部屋着なのは少し不思議な感じがして、サイズが微妙に大きいのも含めてかわいいという意味なのだけれど、伝わるかはわからない。

使われることも殆どない客用の布団もあるにはあっても、ベッドもそう狭くはないので当然のように同衾する気ではいて。

畳の上に敷いた布団でなければ寝られないわけでもないのは、ホテル暮らしで知っていたし。

問題は寝具の方ではなかったとは、匂いはそこまで影響がないと言っていたからベッドに入るまでは気づいていなかった。]

[基本、好き嫌いは無い方だ。
"これは苦手"と口にすることが許されなかった家庭環境だったというのもあるけれど。]

　お醤油……？いや、魚醤？なんでしょうか。
　少し知っている方向の風味がするから、

[だから初めてのタイ料理も食べやすいものが多いですとせっせと箸を動かせば、魚醤の正体は"ナムプラー"という、かの国固有の調味料だと教えてもらい。
そして、"澄夜との食事は飽きなくて良い"と。 >>20]

　…………？
　初めて言われました。

[作法的に奇異なところがあったりとか？と首を傾げてもそういうことではないらしく。

おいしそうに食べるから、と告げられれば、だっておいしいですし、としか答えようがない。

僕としては眼前、穏やかに微笑んでいる圭吾さんと一緒に居ることが、何より飽きずにいられることなのだし。]
　

　
　…………成人している男、なんですが……。

[お借りしたＴシャツは微妙に丈が長く、それはともかくとして、背の差以上に肩の線が合わないことに己の身体の貧弱さを再認識させられる。

そこに"かわいい"と声がかかり >>21 、むう、と唇を尖らせたものの、圭吾さんが何かと告げてくる"かわいい"には、"小柄だからかわいい"は特段含まれていないのだろうなと察していたから、それ以上にはくってかかったりはしなかった。

そういえば、寝具については、お客様用云々と思いを馳せるような余裕は到底無く。

ここが寝室、と扉を開けられたところで、ふわりと圭吾さんの匂いフェロモンが感じられ、どうぞの声も待たぬままにふらふらとベッドに引き寄せられ、"此処が僕の場所"とばかり、ベッドに身を横たえていた。]
　

──続・お家騒動──

[紫苑さんから返信があったのは、夕食を終えて帰ってきてからのことだった。

──『ご苦労をおかけしてしまい、すみません』
──『ご両親へのご連絡もありがとうございます』

来て欲しいと言われた二日後は、己も澄夜もインタビューの入っている日だ。

その旨を告げれば、此方のスケジュールに合わせて調整してくれるとのことで、紫苑さんには頭が上がらないな、と澄夜に向けて苦笑する。

事務的な連絡は此方で返信を打っていたが、澄夜にも何か話すことがあればとスマホを渡して。

最後に送られてきた“ユーリ“のスタンプには、少し笑ってしまった。

突然知り合いの顔が出てくるとは思わなくて。

澄夜はなんとも言えない顔をしていたけれど、悠凛君も事情を知ったらきっと応援してくれると思うし……。このスタンプのような調子ではないとは思うが。

それには、謎の生き物がサイリウムを振っているスタンプを返しておいた。]

[当初二人でとされていた撮影やインタビューの変更が入った話は、どうしたものかとは思っていたけれど。

“何処の者とも知れぬ外のα“との接触を断つためならば、今こうしている時点で意味はなくなっている。]

　一緒に行くことになるのだし、
　個別にやる意味がないからね。

　雑誌側の想定も最初は合同だったから、
　当初の予定に戻した方がやりやすいと思うよ。

[今はもう月嶺澄翔は澄夜なのだし、本人から申し入れがあれば通るだろうと、雑誌社へと連絡を入れて。>>18

段取りを戻すだけなのでと無事に許可は降り、家族会議の前に雑誌社のスタジオをへと赴くこととなった。]

[今回はドラマや映画といったメディア系の雑誌で、ファッション誌のように衣装が用意されているものではなく。
事務所側で用意してもらうかはマネージャーと相談した結果、私物の着物にした。

撮影もあることだし澄夜の服はどうしようかという問題は、月嶺一門所有のホールに予備の着替えがあるとのことで、話し合いの前に一悶着が発生せずに済んだ。

己は貞親の狩衣の色合いに近い着物と、澄夜も篝の巫女服を思わせる落ち着いた色合いのもので。

着物素材は此方に合わせてくれたのもあって、写真撮影の場ではカメラマンは撮影前からしきりに賞賛の声をくれた。

写真を撮る際のカメラマンとは基本褒めてくれるものではあるが、以前個人で撮影してもらった時よりも撮影時はテンションが高かった気がする。

興が乗ったらしく、互いの立ち位置やポーズの指定のパターンもやけに多かった。

視線の交わし方については指示がない方が良いものが撮れたとのことで、お二人の役は夫婦でしたっけと聞かれたのには、その辺りはオンエアを待っていただいてと微笑んだ。

撮影中は貞親が己の中に戻ってきたようでもあったから、澄夜へと向けた視線がどちらのものだったかは曖昧だったけれど、どちらであっても、きっとそう変わらないような気がする。

役と自分を混同することはないと思っていたから、この感覚は新鮮なものでもあった。]

　今回のライターさん……、
　インタビューしてくれる方は以前にも
　仕事を受けたことはあるけど、
　気さくで話しやすい人だよ。

　良い感じに話したことをまとめてくれるから、
　思った通りに答えれば大丈夫。

[特に気の利いたことは言わなくても、名言みたいに書いてくれるのは少し気恥ずかしいけどね。

そういくらか緊張した様子の澄夜に気楽に構えていいよと言っておいた。

もし言葉に詰まるようなことがあればフォローしておこう、とは。]

　人里離れた山奥の神社が舞台だったので、
　彼らはニュースを見ていないのですよね。

　だけど、終わりの日が近いことは察していて……

　話題には出さない、平静を保ちながらも
　言葉の裏や表情から静かな決意や祈りが
　読み取れるようにしていました。

　その更に深いところにある心情は、
　ドラマを観る人に想像していただきたいなと。

[まずは、“演じる上で一番大切にしたことについて“との基本的な質問には、常に意識していたのもあり、あまり考えこんだり言葉を言い淀むこともなく答える。

それから聞かれるだろうなと想定していた質問は他にも、“自分が同じ状況に直面したら“というものだ。

最終日に澄夜に河原で話したことを思い出しながら、「役者の仕事をしていたい、って考えてから、他の人たちはドラマや舞台と人の物語を見てる場合でもないから、数字が取れないなとまず思ってしまいましたね」と笑って言う。]

　でも結局、大事な人の傍にいるんじゃないかと。

[結論としては、澄夜に話したことと具体的な相手について触れない以外は同じだった。]

　月嶺さんとの距離感の変化ですか。
　最初丁寧語で話していたのを
　途中でやめたので、
　そこは近づいたってことかも？

[どうかな、と澄夜の方を向いて小さく笑う。]

　他ですか……初対面でしたが、
　仲は良くなれると最初から思ってましたね。

[それはなぜと聞かれても、勘のようなものかな、と首を傾げて。

役のおかげというのはそんなになくて、と告げてから。

相性がよかったと、と重ねられた質問には、そうだと思います、と笑って答えた。]*

　いえ、まだ「わかった」以外に
　言えることはないので……。

[姉からのメッセージ、スマートフォンを渡してこようとする圭吾さんには大丈夫、と頷いて。 >>24
それに僕も一緒に見ているとなれば、調子に乗って"ユーリ"スタンプを大量送信されかねない。

でもこのやりとりのおかげで緊張感はいくらか薄れたし、そういえばとインタビュー記事の一件を思い出すことにもなった。祖父サイドが勝手に変更した予定を元に戻させてもらい、当日を待つことにして。

それにしても……あの圭吾さんの謎スタンプ。
サイリウム振ってるものもあるんですね……何需要なんでしょう。]
　

[これまで受けてきていた"月嶺澄翔"のインタビュー記事と言えば、使われる写真は舞台写真が主なもので。

インタビュー中のものとなるとバストアップ程度だったり、スナップ的な"インタビュー前の１枚"的なものが主だったから、インタビューというよりは興行宣伝用のものに近いレベルの本格的な撮影に驚くことになった。

女形の服も纏っていなければ化粧もしていない格好でしなを作るのもおかしな話で、けれど、読者に求められているのは"貞親役 東堂圭吾と篝役 月嶺澄翔"なのだと思えば、心もち、身体の角度だったり肩の落とし方だったりを篝に寄せていく。

"そこでゆっくり振り返るように"などと指示を貰えれば、その方が動きやすいもので。
振り返った先に"貞親様"と視線が交わせたことに、ふわりと微笑んだ。

とても良い写真が撮れましたと満足気な声がカメラマンさんから聞けたことに、ありがとうございましたと、舞踏よりも別の意味で緊張していた身体の力を漸く抜いて。]
　

　はい。
　写真もこれまで撮っていただいたインタビューのものとは
　赴きが違って、本格的で驚きました。

[担当のライターさんは圭吾さんとは既にお知り合いだったのであるらしい。 >>27
多分インタビューも、己が受けてきたものとは少し毛色が違うのだろうと気を引き締める。

そう思って臨めば、やはり、"月嶺澄翔"としての言葉より、僕自身のことを問われるような事も多かったことに、少し面食らうことになった。

あまりそうしたことを自分の言葉で語ることは無かったものだから。]
　

　そうですね。彼らが交わしている言葉は、
　日々変わらない祭祀を、今日も粛々と繰り返している、
　それ以上でもそれ以下でも無いもので。

　けどもう、神具の手入れも神饌の準備も、
　明日には出来ないのかもしれないと、どこかで悟っています。

　台詞が削ぎ落とされた舞台演劇のようなスタイルは
　役者は素人の私には有り難いお話だったですが、
　それゆえ難しいなと思うところもありました。

　そこは貞親様に沢山、助けていただいて。

[事前に圭吾さんと、問われるとしたらこういったものではないかと話し合っていたことが早々出てきて、“演じる上で一番大切にしたことについて“については、きちんと答えられたと思う。 >>28

続く問い、“自分が同じ状況に直面したら“も同様で。]
　

　地球最後の日、ですか。
　……その日も踊るのだろうなと思います。

　一日の始まりに、身体に舞を通しておかないと、
　どうにも居心地が悪いので。

[それをしなかったのは、ここ最近だと３日だけだった。
蔵屋に幽閉された日と、圭吾さんに抱かれた日。昨日の朝は……、……うん。

顔が一瞬熱くなりかけたことは、卓上のお白湯(お水でもなくお茶でもなくお白湯が出てきたことに笑ってしまった）を口にすることで誤魔化して。]

　ええ。私も、大事な人に遭いに行くのかな。
　そう思いました。

[告げたのは、あの川原で話したのと同じこと。僕もそれが誰かとは言わなかったけれど。 >>29
そして問いは、"演じていて実際の距離感に変化はありましたか"というものに移っていって。]
　

　とにかくドラマで演技をするというのが初めてで。
　東堂さんには本当に助けていただきました。

　私はこの口調は変わらない……と言いますか、
　もはやそうそう変えられないのですが。
　けれど呼び名は、"圭吾さん"になりました。

[なら是非このインタビューでも"圭吾さん"でどうぞと言われれば、え、あの、その、と、しどもどすることにはなったうえに、ぱちりと圭吾さんと視線が噛み合い、ぽうと顔が熱くなる。]

　あ、あの、……圭吾さんはすごくお話しやすくて。
　私の自宅で笙のお稽古をしたりもしましたが、
　気詰まりとかそういった事は少しもなくて。

[相性がよかったと、と、此方にも向けられたライターさんの笑顔には、そうですそうですと頷いていた。]
　

[そして、圭吾さんと僕、それぞれへの問いもあった。
キャリアの異なる２人の共演というのも、悠凛さん惺さんの組と共に、今回のドラマの注目のポイントの１つだったらしく。

圭吾さんへは"芸歴10年を迎え、これまでの役と今回の役に違いを感じたか"というもの、僕へは"初のドラマ撮影の現場は舞踏の舞台と比べてどうだったか”というもの。そして、"現場で互いから学んだことはあるか"、と。]

　一番に驚いたのは、
　時系列順に撮るわけではないということでしたね。

　屋外ロケは前後するのも当然と思っていましたが、
　スタジオ撮影もすごく効率的に計算されていて。

　でも有り難いことに、クライマックスシーンは
　最後に撮影いただいたので、気持ちの入り具合が
　すごく自然にできたと思います。

　なので、東……、圭吾さんからは、
　気持ちに切り替えだとかを教えていただいて。
　お役に入る前に、"篝"と呼んでいただいていました。

　圭吾さんは本当に努力家で、
　笙もご本人が奏でてくださいまして。
　只でさえ確固たる実力のある俳優さんに
　努力が伴った時の凄みのようなものを、
　ドラマをご覧いただく方たちにも感じて貰えたら、と。

[こんなにべらべら話して良いものかと思ったものの、雑誌に掲載されるのは編集が入るものの、インタビュー全文はweb連動記事として掲載するのでどうぞ語ってくださいと言われてしまい。

案外と圭吾さんも饒舌なものだから、僕も、つい色々と話してしまったような気しかしない。]*
　

──自宅──

　確認したから知ってるよ。

[成人男性なのは、と拗ねた様子にクスリと笑って言う。>>23

体格もそこまで女性的でもないと思う。
女形が出来るのは長年培った演舞上のの所作のためだとわかっているし、普段の振る舞いは上品であっても女性と間違えるといったことはないから。

不服そうにして見せても、小さくてかわいいという意味でも、女性的でかわいいという意味でもないのはわかっているようだった。]

　今日は疲れたかな。

[風呂も終えてから寝室に連れて行くと、ふらふらとベッドに歩み寄り、そのまま倒れ込んだ澄夜からは少し遅れてシーツへと横たわる。

昼過ぎに実家から抜け出して、夕食からの帰宅後も、紫苑さんや雑誌社と諸々の連絡と今日は気疲れすることも多かっただろう。

昨晩一晩蔵に閉じ込められていたなら、寝具はしっかりしていようと眠れなかったかもしれない。

そうではなく、と告げられたのはベッドに入って熱っぽい表情になっているのを見た後だったから、寝室に入ってすぐからの匂いのせいだとは気づかず。

余程ベッドが気に入った……？と見えるくらいには、離れ難そうに布団へと沈み込んでいて。

疲れや熱ではなく、ヒートでもないならば、どういった状態なのかは本人にも判然とはしないようだった。]

[ト書き：涼、雨の降る空を仰ぐ。>>15]



　


[表情の指定はない。

雨に紛れて、涙がツーっと一筋。
頬を伝った。*]


***


『はい、カット！お疲れー。』

[スタッフの一人からタオルを渡されると
頭からそれを被った。
わしゃわしゃと乱暴に髪をふく。

今さっき、思わず涙が流れたのを隠したくて。]


　スタジオの中で雨降らすのって大変じゃないですか？

『七川さんの演出ですから、やるしかないですよ。』

　親父、スタッフさんの後始末の大変さとか
　考えねーのかなぁ…。

[タオルを被ったまま、無駄話をしている。*]

［雨に濡れる御行をその場に残し、立ち去る後ろ姿。
　常と変わらず背筋は伸びている。

　緩く開いた掌に。
　ふと、視線が落ちる。］




　　──… どうして、



［どうとも解釈できる一言を聞く誰かは、
　そこにはいない。］

［『カット！』の一声は、役柄に明け渡した身体の支配権を、
　一旦呼び戻してくれる合図だ。
　緩く開いていた掌を、ぐ、と握り込んで。
　ふっと鋭く息を吐く。］



　　…　お疲れ。良かった、



［スタッフから自分も受け取ったタオルを首周りに垂らして。
　惺に近寄ると、タオルの上からぐしゃぐしゃと
　乱暴に頭を揉み込む。
　その仕草に紛らせ、すっと目元を指先でなぞってから
　惺を解放する。


　神宮は背中を向けたから、独りで残された御行の顔を
　見た訳じゃない。でも。

　惺はあの時、俺に背を向けられて。
　どんな顔をしてたんだろうと、ふと過った。］

──続・お家騒動──

　ああいう撮影は初めてだった？
　演技とは違うけど似てるところもあって
　楽しいよね。

[映画や舞台の宣伝用ビジュアルはもっと演技してる時に近いし。
舞踏の宣伝に使われる物も、きっちりと衣装を着て役に入り切った物だと思うから。

撮影中の澄夜は篝と呼びかけてはいなくても、彼女の面影がある表情で、此方としても新鮮なような懐かしいような不思議な感覚だった。>>31

インタビューもまた、澄夜には初めての形式になりそうだということで。>>32

澄夜自身がどう感じていたまでは詳しく聞いたわけではないから、写真もインタビューも個別に受けるのではなくてよかったと思う。]

[事前にインタビューで聞かれるだろう内容は少し話していたのもあって、澄夜はすらすらと答えられていた。>>33

川原で話した内容は一度聞いていたことではあったが、一日の始めに舞を通すという話の後、妙な間が開いたことに視線を移すと、少し頬が赤く見えて。>>34

そういえばあの時はしていなかったなと思うと、うちに舞が出来るのにちょうど良いスペースがあるのは幸いだったなどと考えていた。

大事な人に会いに行くという答えはそう突飛なものでもないから、同じ答えが出たところで不自然ではなかったと思う。
誰にというお互い口には出さない細やかな秘密を思い返して、微かに笑みが漏れた。]

　笙に関しては私も澄……月嶺さんに
　教えてもらうことになったので
　大変助かりました。

[澄夜が己を圭吾さんと呼ぶことを話題に出したので、つられて対外的な呼び方を変えそうになったが。

俳優の月嶺澄翔としてこの場にいるのだから、本名で呼ぶのはおかしいかということに途中で気づいて。
映像のインタビューでなくて助かった、と小さく息を吐いた。]

[それから、“芸歴10年を迎え、これまでの役と今回の役に違いを感じたか"という個別の質問には、少し考えてから口を開く。]

　これまではいつもその役に入るために
　生活の習慣を役に合わせてみたり
　日常から意識をすることが多かったのですけど、
　今回の役はあまり意識しなくても
　すんなり入れた気がしますね。

　篝役の月嶺さんがとても役に入るのが上手くて、
　貞親に投げかける声や目線のおかげで
　自然と貞親になれていたのかなと。

　脚本は決まっているから
　役者は結末を変えられないので。

　その中で必死に生きる様子を
　演じるしかないんですけど、
　彼らが幸せだったなら良いなと
　思いを馳せられるのは
　貴重な体験だったと思います。

[こういった作品や関係者との出会いがあるから、長い間役者をしていてよかったと思えることですね、と締めくくった。

澄夜同様、やけに長くなってしまった気はするが、構わないとのことなので。]*

［そう遠くない距離にいたから、
　惺の七川先生へのぼやきとスタッフさんとの
　やりとりは聞こえていた。>>39］



　　七川先生の愛だよ、愛。

　　だから、やるしかないの。みーんな。　　


［通り過ぎ様、ぽんと肩を叩いて離れた。
　ドライヤーを片手に待っているヘアメイクさんに、
　濡れた長い髪を乾かしてもらうために。］

［思い出す、いつかの記憶。
　俺達はまだ高校生で。
　俺が、ユーリとしての在り方を確立しようと、
　手探りでもがいてた頃。>>0:294

　七川先生の舞台稽古があった時期に、
　興奮も冷めやらない口調で
　惺に話を聞いてもらうことがあった。

　よく晴れた日の昼休み。校庭の芝生に並んで座って］


　　七川先生は、演出手腕はもちろんだけど、
　　役者と作品への愛が凄いよね。

　　実際はどうあれ、自分はただのパーツじゃなくて、
　　替えの利かない“一部”なんだって
　　信じさせてくれる熱量が、凄い。

　　どっから来るんだろうね、アレ。
　　その分、めちゃくちゃ怖いんだけど。
　　そんなことまでする？っていう。

　　でも理不尽なことでも納得はできちゃうっていうか。
　　……応えたい、返したいな、って自然と思う。
　　他の役者さんとか、スタッフさんも。
　　きっとおんなじ。


［そう言って笑った俺は、前しか向いていなかった。*］

　お前も良かったぞ。>>41

　オンエアされたら“クールビューティー”って呼ばれ…

[と、言いかけたのだが。]


　ちょっ、おま……

[コイツホントに動きが予測不能だわ。
頭を揉まれた所までは、まだよかったけど。

なんでそこなぞるわけ？

って

もし後で聞かれたらそう言おう。

俺がタオルの下でオロオロしてるのなんて知らぬまま

悠凛は離れて行った。>>45　
　*]

　ええ。色々と新鮮でした。
　私服だけどお役の雰囲気も入れて、……みたいな。

[役になりきる必要はなくとも、元となる作品を意識した風な写真撮り。>>42

名を呼ばれたわけでもないのに、篝が降りた風な感覚があったのは、圭吾さんの所作が、視線が、どこか貞親様だったからに他ならないと思う。

実家にあのまま囚われていたら、この撮影を１人でしなければならなかったのかと思うと、先方の満足のいく写真になったかは怪しいところだったし、何よりインタビューにしても、緊張に戸惑うことになったと思う。

一応、言うべきこと、言うべきでないことくらいの分別はついているから、言葉に詰まってしまう以外は問題はなかったかとは思うけれど。]
　

　………………。

[インタビュー、受けて良かったなと思う。

　──彼らが幸せだったなら良いなと
　──思いを馳せられるのは貴重な体験

確かにそうだなと圭吾さんの声に小さく頷く。 >>44

彼らの生き様は、僕にとっては現実に近しいものだった。

明日は当たり前に来るものではないのだと眼前に突きつけられ、全てを手放す前にそれまで見せずにいた本心を告げ合って。

彼らの過酷な"人生"を己のものとして受け止めていなかったら、今ここでインタビューを受ける心境は全く違うものになっていたと思うから。

残りの質問は３つあった。

"撮影の合間のリフレッシュは？互いの意外な一面などがあれば"

"共演を通し、互いを一言で表すならどんな言葉がぴったりだと思いますか？"

"そして最後に、今回の作品を通して、視聴者の方にどんな思いを届けたいですか？"

ゆっくり考えながら口を開いた。]
　

　……一番驚いたのは、圭吾さんのおにぎりが
　とてもおいしかったことで。

　劇中で神饌用の米を炊き、
　私たちもそれをおにぎりにしていただいたんですが、
　休憩時間に圭吾さんが残ったご飯を全部握ってくださって。

　それがすごくおいしかったです。
　私は料理はさっぱりなので、
　圭吾さんを見習って料理、出来るようになりたいなと。

　記憶に残るリフレッシュはこのおにぎりの日と、
　あとは、神社のロケでの空き時間、
　川辺でお弁当を食べたことですね。　

　…………圭吾さんを一言で表すなら、"風"かな……。

　生き物を育むには太陽の光が必要ですが、
　厚い雲に覆われていては、それもままならなくて。

　圭吾さんは、その雲を払って、草木の種を遠くに飛ばし、
　疲れた旅人の背を押してくれるような……、
　風のような人だと思いました。

　太陽ほどに遠くではなく、
　いつも、ずっと、傍らでそよいでくれるような。

[おかしなことは言っていない、はずだけど。
口にしていて少し踏み込みすぎた事を言ってしまったかなと、目を泳がせた。]

　視聴者の方に、ですか……。

　オムニバス３話、登場する皆さん全員が
　とても巧みな役者さんでいらっしゃるから、
　それぞれにリアルな"もうすぐ終焉を迎える世界"を
　お届けできると思います。

　最後にしたいと思うことは、
　本当に最後になる前にした方がいい、
　────とは、劇中の台詞ではないのですが、
　本当にそうなのだろうな、と。

　このドラマは私の１つの転換期になったと思います。
　１人でも多くの方に見ていただけると嬉しいです。

[ちゃんと纏められたかな、大丈夫かな……と、前後して圭吾さんの言葉も締めくくりを迎え。
ありがとうございましたーと、ライターさんが立ち上がるのに合わせ、僕らも立ち上がり一礼した。

これがどういった記事にまとめられるのか、楽しみなような。怖いような。]*
　

──回想──

[俺は直前まで機嫌がよかったんだ。


校庭の芝生に二人で並んで座っていた。>>46
グラウンドのバックネット近くには程よい木陰があった。

晴れているのに、そよ風が小枝を揺らす心地よさ。
葉擦れの隙間に光が漏れて、悠凛の髪を照らす。

何度でも手を伸ばしたくなる輝きだった。
戯れに、髪を梳かせてもらったこともあった。]


　替えの利かない“一部”か……

[悠凛に不満をぶつけるのは間違っている。
わかっているのに、反芻する俺の声は籠もった。

通行人もダメって言われたんだよな、俺。>>0:37

俺は舞台を構成する“一部”になれない。]

　“愛”はあるよね。

　“作品”と……

　“才能のあるヤツ”にはさ。

[お前はいいよな。
しごかれがいがあるだろうさ。
俺は演技指導もしてもらったことないんだ。
ビンタ張られたことならあるけど。
それは別の指導だったし。]


　　……ふーん。

[俺は、煌めく悠凛の髪から視線を外した。　*]

［世界の終わりに、二人きり引き籠もった
　地下シェルター。>>1:148>>1:160
　ここを見つけてから、数日が経過している。
　貯蔵庫の中身は嵩を減らし、代わりに空になった
　ペットボトルや缶詰が、ゴミ箱から食み出している。

　きっちりと項で括られていた神宮の髪は、
　いつしか解けたままになっている。］



　　そろそろ潮時だな。

　　救助が来る見込みは、零に等しいが。
　　本来の用途で使うのであれば、早い方がいい。


［短期間のコールドスリープを可能にするベッド。>>1:148
　共寝を出来るだけの大きさはあれど、一人用だ。
　顎をしゃくって、自分には無用のそれを示す。］

　　ただ───、


［滔々と語る口調は、場違いに平静だ。
　この期に及んで何を焦ることもないとばかりに。
　言葉を切って、御行を見る。］


　　ないんだろう？　使う気は。


［天井から垂直に光を受けて。
　硝子越しの眼差しが、ちかりと瞬く*］

[ついさっきまで。
鮮やかな空色のイヤホンを付けていた。>>3:196

もう少しで、御行涼に気持ちを全振りできる。
そう思ったのに。

……心がさざめく。やがでそれは混沌とした渦になる。
凪ぐことがない。

スタジオ入りの時間が迫っている。

──今日はこういう日なんだ。諦めよう。
圭吾さんも、没入するのは悪くないって言ってたし。
リテイク出すかもしれないなぁ……。

そんな不安を抱きながらも、スタジオに入った。

***

『アクション──、』>>1:0

　はい、……でも。>>55

[伊達眼鏡なのだろうか。
少しも小さくなっていない怜悧な瞳。

だけど。
たった一枚、僕とこの人を隔てるモノを。]


　啓君……いや。
　──啓が使って。

　その代わり。

[君が最期の瞬間も苦しまないように。
美しいその顔が少しでも曇らないように。]


　眼鏡、外してください。

[僕は応えを待たずに、啓の眼鏡をそっと外す。]


　最期のその瞬間まで僕が見守ってますから。

　最期まで、見つめていたいんです。*

［神宮は、御行の話を遮らない。
　眼鏡を外そうとする素振りにも
　身じろぐことはない。
　微か顎を上げて、長身の男と視座を合わせ。
　狭めた目でその顔を凝視する。］

　
　　────、


　　コンテキストが読めないのか？
　　だからお前は、万年２位なんだ。


［伸ばす指が、御行の顎先をくっと捉える。］


　　代わりもなにも。
　　お前があの時来なければ、研究所から動く気はなかった。
　　今頃とうに水の底に居ただろう。

　　こんなもの使おうと、誤差の範囲内だ。


［来たるべき死を回避する気は端からないのだと
　暗に告げて、触れた手を離す。］

　　……まあ、このまま“その瞬間”を待つと、
　　双方の意思確認はとれたからいい。

　　死の瞬間が何時かについては、議論の余地がある。
　　
　　心拍が停止した時。
　　自発呼吸が消失した時。
　　脳幹反射が失われ、瞳孔が散大した時。
　　

［淀みない口ぶりは、学会で自説を提唱する時と
　変わらない。］


　　より人文学的な見方に拠るのであれば、
　　その身が地に還る時。
　　或いは──誰かが最後に名前を呼んだ時、とも。


［不意に言葉を切って。隣に立つ男を見やる。］

　　───不思議なものだな。

　　実験器具も通信手段もないこんな場所で、
　　新しい発見があった。
　　　　

　　俺の名前を最後に呼ぶのは、涼が良い。
　
　　……俺は、それでいい。


［隣人の空を映す瞳を仰ぎ見て。
　薄い唇が。薄く、笑みを刷く*］

[一度、顎先から離れた手を捕まえる。>>58
もうこの手を二度と離したくない。]


　……やっと手に入れた。


[光降る髪を。
氷にも、炎にもなる、この美しい瞳を。

少年の日に掴めなかった、僕の宝石。]


　僕はあの日から、ずっと。

　心の中の宇宙そらで
　君の名を呼んでいたよ。

　──啓。

　

[薄く刷かれた笑みは、もう冷たくは見えない。
きっと、花が綻ぶような温度を持っている。
その花の香りに誘われるように。

僕は君に口づける。*]

──続・お家騒動──

[最後のカットが聞こえても、しばらくの間、澄夜は篝から戻って来れなくなっていた。

あそこまで没入した演技を見たことはなかったし、此方もしばらくは貞親が己の中に残っているような気がすると写真撮影の最中に感じて。>>48

それは悪いことではないのだろうと、どこかあの二人の世界の余韻が残るまま、インタビューに答えることが出来たのは澄夜にも己にもよかったのだと思う。>>49]

[撮影中のリフレッシュについては、澄夜がロケ地の話をしたので、自分からはスタジオ撮影の話をした。>>49

スタジオ撮影の初日は澄夜が顔を合わせただけでヒートが起きて、契約の話を出されたことで気分も落ちていただろうから、食堂でのことは良い切り替えになったと思う。

今はそれも懐かしい話になりつつあった。]

　スタジオ撮影の休憩で
　他の俳優陣とも話すことが出来たのは
　良いリフレッシュになりましたね。

　月嶺さんは初めてのドラマ出演なので
　皆さん気遣いの声をかけてくれて。
　他の現場の状況を聞けたのも良い刺激に
　なりましたし。
　
　意外な一面は……、
　月嶺さんの話でも出てきた川辺での休憩で
　とても楽しそうにはしゃいでいて
　こういう表情もするのかと
　かわいらしい一面が見られたところですかね。

[かわいいのは特に意外でもないのだけれど、印象的だったのは確かだから。]

　月嶺さんを一言で表すなら……
　水ですかね。

　はは、白湯は関係ないです。
　透明で澄んだ水というか……
　すごく純粋で、今時珍しいくらいに。

　演技ではその役に形を変えられるところは
　入れ物に水を入れるようなイメージで。
　舞の動きは水が流れるような優美さがあって。

[風とは属性的に相性は良さそうですよね、と澄夜の語った此方の印象に絡めて纏めたものの、どうにも褒めすぎではという照れのようなものがあった。>>50]

[最後に視聴者の方にドラマを通して伝えたいことの質問で、“最後にしたいと思うことは、本当に最後になる前にした方がいい“と、澄夜に己が告げたことを口にしたことに、瞬きをする。

あの時話したことが、澄夜の決断と関係していたのなら、このドラマは自分達にも影響が大きくあったと思う。]

　そうですね……、
　最後が決まっていたら
　その日まで何をするか考える時間、
　覚悟を決める時間があるようですが、
　実際はそんなことはないんじゃないかなと。

　ドラマの中の登場人物達はそれぞれ
　違う最後の過ごし方をするけれど、
　ある日突然終わるのと
　そう変わらないのかもしれないと。

　彼らの最後を追体験することで、
　日常での過ごし方や人との接し方を
　見つめ直すきっかけになるドラマかと思います。

[一人でも多くの方に見ていただけると、と締める澄夜に頷いて、一通りのインタビューが終われば、ありがとうございましたと席を立つ。]

　お疲れ様。
　自分の言葉で、よく答えられていたと思うよ。

[しっかり話せていたから安心して聞いていられたと澄夜に笑いかけると、連れ立って雑誌社を出た。

軽く昼食を済ませたら、月嶺邸へと赴くことになっているけれど。

この二日澄夜と過ごしたことや、先のインタビューで改めて実感することもあったから、不安や緊張はあまりなかった。]*

［離れる指を追う御行の手を、
　振り解くことはない。>>61
　驟雨に降られた日。
　津波の報せを受け、共に駆けた日
　これまで幾度か掴まれた腕を、
　自分からは一度も解くことがなかったように。］




　　　──… そうか。



［応えたのは、ただ一言。

　名を呼ぶ声に、得心がいったように微笑んで。
　静かに目を閉じ、唇を重ね合わせた*］

［“───カット！”

　いつも以上に威勢のよい監督の一声に、
　そっと目を開ける。
　御行の顔をした七川惺が、そこに居る。
　唇が離れるのを、静かに待った。］



　　…………



［その瞳を見上げて。
　栗色の髪を耳に掬い上げながら、
　「お疲れ」と小さく笑った。*］

　あ…リテイクじゃなかったんだ。

　お疲れ。


　俺、なんか最後の台詞。
　アドリブで言ったような気が……するわ。

　台本ホンでは

　啓の名前呼んで最後だったよな。


　お前よく、あんな長い台詞言えたな―。


[現場の者達には軽口を叩いているように見えたか。

──俺は、掬い上げられた髪の耳元を見て。>>69
そしてもっと後ろ側…

項のあたりを今すぐ見たいと思う気持ちを隠した。
コクリ…と小さく喉が鳴った。**]

［“神宮”を映していた瞳が、俺を見る。>>70
　まだ御行が抜けてないんだろう、どこか虚ろだ。
　リテイク、という意外な言葉に瞬く。］



　　っ、ぁー……

　　そういえば。なかった、な。


［台本には、確かにその台詞は。
　絡みのある共演者の台詞も頭に入れてあるのに、
　涼が啓に告げるには流れが自然で、気づかなかった。
　直向きな涼なら、そうだろう。という納得。］



　　ん。役と台詞入れんの、結構得意だから。



［普通の顔して呟きながらも。
　……首筋に両腕を絡めて、甘えてキスを強請りたい。
　そんな衝動を、堪えた。
　これは神宮涼じゃない、単純に飛鳥悠凛としての欲求だ。］

［今のが無事OKテイクになったらしく。
　このシーンが丁度最後のカットだったから、
　『飛鳥さん七川さんオールアップ、
　以上でクランクアップです！』と監督の宣言に続いて、
　助監督が『お疲れ様でしたー！』と場を締める声が響く。］



　　お疲れ様でーす！　



［声を張って、周囲を見渡す。
　スタッフさんが待ち構えていたように、
　主演２人に恒例の花束を渡してくれる。
　連続ドラマでもないのに有り難いことだと笑顔で受け取り、
　口々に労ってくれる監督達と挨拶を交わす。

　大学構内や、高校でのエキストラ入りのロケも挟んだから、
　１話60分のドラマ撮影にしては２週間と長丁場になった。
　一体感のある良い撮影チームだったと思う。］

［それぞれ人に囲まれていたから、
　少し距離の離れた惺に呼びかけ、
　ちょいちょいと指先で招き寄せる。］


　　惺、惺。
　
　　記念撮影。SNSに載っけるやつ。


［自分のスマホをスタッフさんに渡して、お願いする。
　花束片手に隣に立って、ぐっと惺の肩を抱き寄せ、
　身を屈めさせて顔を近づける。
　神宮の格好をしたままでキメる、とっておきの
　アイドルスマイル。

　私用LINEの返信はまめじゃないけど、ユーリとしては
　公式インスタの投稿は定期的にやっている。　
　それでなけなしのまめさを使い切っているともいえる。］

［次の仕事が入ってたから、断りを入れて
　先に楽屋に引き上げた。
　ユニット内で担当回してるラジオの収録だから、
　ヘアマスカラを落として地毛に戻さずともいいだろうと、
　手早く着替えとメイク落としだけを済ませる事にする。

　スマホの通知をチェックすると、遠縁の親戚から
　ちょっとしたお願い事の快諾の返事が来ていた。
　旧家の当主で、今は芸事の家元をやっている。
　大守学園の理事長副理事長とは同級生で、
　今も懇意にしてるはずだと記憶にあったから、
　連絡をとってみた甲斐があった。

　お願いするの、天刻さんと迷ったんだけど。
　“大守系列の従業員”の方は、系列企業が多すぎて
　どこまでか見当もつかなかったのと。
　先輩への頼み事にしては度が過ぎてるんじゃないかと
　躊躇いがあったから、良かった。


　うん、とひとつ大きく頷き、鏡に向き直ると、
　そこに浮かぶ笑みを見つけた。*］

[舞踏でも、色々なお役になりきるものではあるけれど。

それは、藤の花の精が娘の姿をとって恋心を踊るものだったり、裏切られた女の恨みが蛇の化生となるものだったり。

人でないものを演じることも多々あるし、舞台上では"そうあるもの"と演ずるけれど、それを引きずることはまずなくて。幕が下りると同時、"月嶺澄翔"に戻っているのが常だった。

けれど今回、撮影が終わっても尚、己の中に篝が居て。
鈴の音に、鳥の声に、風の中に、時々、彼らの気配を思い出す日が続いている。

それも今日のインタビューで一区切りすることになるんだろうか。

オンエアされることで、またこの、２人が近くに在るような感覚が蘇ることになるのかなと、僕はそれも楽しみに感じていた。]
　

　………………。

[僕は圭吾さんを"風"のような人だと思った。
圭吾さんに言わせれば、僕の印象は"水"らしく。
過分な褒め言葉だと照れくさくなってしまったのは、お互い様だったのかもしれない。

気の利いたことがなかなか言えない僕は、
「風と水。今回のドラマの舞台にも重なる、美しいイメージですね」
というライターさんの声に、光栄なことですと微笑むくらいしかできなかったけれど。

視聴者へのコメントを求められれば、いよいよドラマ放映も現実的なものに感じられる。

日本舞踏を広い層に知って貰いたいとか色々な思いはあれど、観た人たちの心の心に何かが残れば良いと、今はそれを一番に思うようになっていた。]
　

　お昼……、そうですね、何か食べてから……。

[出版社を辞し、１階受付の上に掲げられた時計を見やり。
時間的にも何かお腹に入れてから実家に向かうで大丈夫そうですねと頷いた。

衣服は整っているしこのままで大丈夫ですかと、"敵地"に敵方の和服で赴くことになる圭吾さんに視線を向ける。
和服を纏う僕らプロの目から見ても（勿論贔屓目も抜きにして）、圭吾さんの和服姿は全く"着させられている"風なところはなく。

むしろ堂々、お祖父様に対峙するのに過不足ない装いのように思われた。

そして圭吾さんの部屋に暮らすと決めた一昨日から、圭吾さんは何かにつけ、「何を食べたい？」などと僕に尋ねてくるようになっていて。
それは自分では食べたいものもしたいことも決められない環境にいた、僕への訓練のようなものかなと思っている。

言葉に詰まれば、これとこれならどちらが良い？みたいな聞き方をしてくれるのもよくあることで。]
　

　ハンバーガー食べてみたいです……、
　と言いたいところですが、
　この出で立ちでは目立ちますね、きっと。

[出版社の入口で、社員か来社の客人か、遠巻きの黄色い声が聞こえてきたのはほんの数分前のことだ。

「東堂圭吾……？ぇ、かっこいい、撮影？」「ほらぁ、あの深夜ドラマ……！」なんていう声が微かに耳に入って。
僕に関するものと言えば、「なんだっけ隣の人……、ほら共演の？」程度止まりだったけれど。

結局、さして目立たず、手早く食べられるところをということで、手近な個室居酒屋──というのも、これはこれでとても新鮮だった──で鯖の塩焼き定食をいただいた。

添えられた小鉢がもずくだったことに、圭吾さん共々、笑いが溢れてしまい、先のインタビューの一幕などもあって、緊張感はかなり薄れていたと思う。]
　

　あ……、姉さん。

[約束の時間数分前に実家に着くようタクシーで向かえば、門前に姉さんが立っていた。

今日は着物姿の姉は、薄藤色の絽の着物に銀の帯を締め、常にはアイロンだ何だで華やかにしている髪もきりりとまとめられていた。
紫苑花の意匠があしらわれた帯留めと半襟は、姉さんの"勝負服"だ。



"よそ行き"の挨拶をした姉は、いい？と僕らに告げてきた。



真面目な顔でそこまで告げた後、姉はくるりと門扉へと着物の袖を翻した。



その言葉は大変に頼もしかったけれど。
和装の淑女らしからぬ仁王立ちは止めた方が良いと思うよ、姉さん。]*