
![]() | 【人】 ピアノ講師 福良 笙子──はい。それじゃあ、 これで最後のレッスンもおしまい。 その、こんな風に言うのも、 君には不服かもしれないんだけど。 ……これまでありがとう。本心だよ。 …………。 さよなら、脩弥くん。 (0) 2026/10/24(Sat) 7:00:00 |
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![]() | 【人】 浪岡 脩弥別に一方的な別れってことも無かった。 もう限界なんだってことはお互いにわかっていたことで、ただ、笙子の方が思い切りが良かった。それだけのことで。 縋っても良かったし、実際何度かはそうした。 その度に絆されてくれんのが赦しにも思えたし、──その分がどうしようもなく負い目でもあった。繕い掛けては解れていくばかりの季節を、幾つか、繰り返して、 結局駄目になるしかなかった。 そういう別れだったんだと、今ならば言える。 (2) 2026/10/24(Sat) 7:01:31 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥どれだけ抱いたって終わんないのは、 満たされてないからだって知ってた。 だけどもう嫌なんだ。 一つ一つ、馬鹿みたいに違いを数え上げては その全てに腹を立てて、傷付いて、 傷付けて、 これ以上好きになれないくらいに好きになって、 だからもう嫌いになるしかなくなる、なんてのは。 不健全だ。 セックスだけしていたい。 なァ、その方がよっぽど純粋だと思わねえ? なのになんで、────足りなくなるんだろうな。 (3) 2026/10/24(Sat) 7:02:12 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき[「私が稼ぐから、あなたは好きな絵を描き続けて」 母が父にそう言って逆プロポーズしたのだと聞かされたのは、小学校に上がったばかりの頃だったと思う。当時は「ふーん」と他人事のように聞き流していたけれど、要するに父は母の収入に依存し、主夫の合間に絵を描く生活を送っていたということだ。 小学校の高学年になる頃、父の絵が少しだけ売れ始め、小さなアトリエを借りて個人の画塾を開くことになった。自分の城を持った父は誇らしげで、母も大いに喜んでいた。あの頃の両親は互いに愛し合い、幸せそうに見えていたのだと思う。 ──だけど、変わらないものなんてこの世にはない。 アトリエという密室は、やがて父と生徒との不貞を生み、中2の頃に両親はあっさりと離婚した。交わしたはずの永遠の誓いとやらは呆気なく崩れてしまった。] (4) 2026/10/24(Sat) 10:02:12 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき[母の言葉は、ただの軽口だったはずだ。けれど俺にとっては、『手に入りもしない絶対や永遠を追いかけて破滅していく愚かさ』が自分にもあるんだという警告に聞こえた。 高1の時に付き合った初彼女に振られたのだって、同じようなものだ。 ――初めての時、あんまり気持ちよくなかった。下手なのかな。 女子同士のそんな会話を偶然聞いてしまって、俺の心はそれはもう綺麗に折れた。 連絡を上手く出来なくなったまま、終わっていった。 恋も愛も、大切にしたいものほど必ずいつか失われる。 なら、最初から期待しないようすればいい。 それだけのことだった。 ────だった、のに。 引かれた線を踏み越えない。今の俺にできるのは、それだけだった。] (5) 2026/10/24(Sat) 10:03:00 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥[土曜日。シフトの調整でバイトが休みで、ぽかりと空きが出来ていた。いつきは生憎と予定があるらしかったし、資格試験の勉強は区切りが付いたところで少し気分転換をしたかった。 インテンシブの授業で薦められた映画が丁度字幕でリバイバル上映しているらしいと聞いたのを思い出す。上映時間までは少し間があったが、たまには普段行かない街をぶらりと散策してみるのも良いだろう。気紛れに取った音楽の講座が存外面白いので、楽譜を探しに行くのも悪くなかった。 ああ、そうだ。靴も見ないといけないんだった。案外と休日の予定も詰まっていくもんだな。大学生が暇だというのは一概にそうとも言えないのかもしれないと、他人事のように思う。 朝方まで降っていた雨は今は止んでいたが、空は白く塞がったままだ。それでも歩いていれば寒いというほどのこともない。人通りもそれなりで、寧ろ快晴であるよりも余程散歩日和と言えた。アーケードの商店街を冷やかしながら歩いていく。] (6) 2026/10/24(Sat) 17:04:09 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥────いつき? [路地へ外れてみようかと思ったところで、視界の端に見慣れた姿を捉えた気がした。振り返ればそれは確かによく知るお前で、生活圏からは逸れてる筈だけどな、なんて首を傾げながらも咄嗟に声を掛けていた。 連れがいることに気が付いたのはその後だ。 若く見えるが年齢差はありそうで、デートってんでは無さそうだとまず判断する。いや。うん? 顔が似ているか。] あ。どうも。いつきのお姉さん、すかね。 ……あれ、お前って一人っ子じゃなかったっけ。 (7) 2026/10/24(Sat) 17:04:13 |
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![]() | 【人】 阿仁川 いつき……どう思うって、住むの母さんでしょ。 日当たり気にするなら、二件目の方が良かったんじゃないの。 [北関東から職場のある都内に引っ越してくる母親の家探しに付き合わされ、朝から不動産屋と賃貸物件巡りをさせられていた。高校までは地元から職場へ通っていた母も、俺の進学を機に都内へ出ることにしたとのことだった。 離婚してから女手一つで俺を育て上げてくれた母は、昔からとにかく忙しい人で、家にもあまりおらずこうして隣に並んで歩くこと自体も久しぶりだ。 独り暮らしの生活費や学費まで出してもらっている感謝はあるし、たまの親孝行のつもりで付き合ってはいるものの、やっぱり気恥ずかしいし、それなりに面倒くさい。 見た目も若々しい人だから、すれ違う通行人の視線が母に集まるのも気恥しさの一因を担っていた。ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、歩幅を合わせて駅に向かっていたその時だった。 不意に、知った顔に声を掛けられて思わず肩が揺れる。 母親と歩いているところを見られることほど気まずいことはなかった。しかもまさかの姉判定。そうだよ一人っ子だよ!] っ、あ、脩弥……。えーっと、ここで何してんの? (9) 2026/10/24(Sat) 19:23:56 |
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![]() | 【人】 浪岡 脩弥[おお……。「いい子」って言われたぞ。 これは紛うことなき母親というものである、と俺は感心した。自分の見た目くらいは把握している。この風体を捕まえて「いい子」呼ばわりだ。そんなことをやってのけるのは実の家族か友人の母親くらいだというのは世界の摂理なのだ。] うお、マジか。若っけぇ……っすね……。 や、こちらこそお世話になっちゃってて。 [イロイロと、なんて余計なことを口走りそうになって視線を泳がせる。微妙な顔をしているいつきに映画を観る予定とだけ告げて話を聞いてみると、そちらの用事は物件探しらしい。] なるほど。すぐそこに息子の部屋があると思うと 遠い我が家に帰るのが馬鹿馬鹿しくなってくるものの 折角独り立ちし始めた息子を邪魔するのも気が進まず お母さんはお母さんで一人暮らしをする予定だと。 いやあ……いいかーちゃんじゃん。 [妄想増量でうんうんと頷いて、いつきの肩を叩いた。しかし春夏をすっ飛ばして秋も深まるこの時期に漸く決断したとなると、本気で仕事は忙しそうだな。お疲れ様です。 互いに用事の途中なのだし、とっとと退散するのが礼儀というものなんだろうが、母親の前のお前を見るのが楽しくて少しばかり名残惜しい。ちらりと横を伺えば──あ。睨まれた。] (11) 2026/10/24(Sat) 19:48:25 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき[母親が若く見られるのは今に始まったことではない。 それだけの手入れをしているのも知っている。 だけど騙されるな。アラフィフだぞ。 なおもちろん心の中だけでのツッコミである。 しかし我が母ながら、あいつを見て「いい子」って言えるの強いな……。 と、俺が脳内で考えている隙に、何やら訳知り顔になった脩弥が肩を叩いてくる。視線を遣れば案の定、面白そうな顔をしていたので睨んでおいた。] ……映画、早く行ったほうがいいんじゃないの。 それにこっちだって、このままのペースじゃ 今日中に物件決まらないだろ。 [そう、これ以上話が広がる前に口を挟んだ。] (12) 2026/10/24(Sat) 21:19:56 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥[見えない。ちっとも見えないぞアラフィフ。 え、お前も歳食っても変わらなかったりするんだろうか。だとすると年を経るごとに益々俺と並んだ時の犯罪臭が増すな。それはちょっと……困るような気がする。 映画の時間まではまだまだある、なんてことをここで言い出すほど空気が読めなくはなかった。意地悪をし過ぎて嫌われんのも本意じゃねえし。ここはお前の意を汲んでおこう。 とはいえ、立ち去る前にやりたいことはあって。] あの。連絡先の交換だけ、いいすか。念の為、つか。 何かあった時の為に、一応。あ、浪岡って言います。 [浪曲の浪に岡山の岡、なんて説明をしながら半ば強引に勢いに任せる。……いや、だってさ。万が一にも俺の部屋に居る時に急病とかあったら拙いじゃん、って思ったんだよ。] (13) 2026/10/24(Sat) 21:41:41 |
![]() | 【人】 阿仁川 皐月まあ、随分しっかりしているのね。 ええ交換しておきましょう。 浪岡くんね。 これからもいつきをよろしくお願いします。 あの子結構ぼんやりしてるところあるから。 (14) 2026/10/24(Sat) 21:55:23 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき[さすがに俺は老けるんじゃないかな……手入れとかしてないし……。それにお前のほうが変わらなさそう。 並んだときに犯罪臭がするって話なら今でも大して変わらない気はする。 って、ちょっと待って? 止めるより先に話が進んでいく。 余計なことを言わないでほしい。 結局、ふたりが連絡先を交換し終えるのを ただ眺めながら待つしかなかった。] ほらもういいだろ! 行こう、か……お袋! [呑気に手を振る母を急かしながら、何とかその場から離れていったのだった。] (15) 2026/10/24(Sat) 21:56:39 |
![]() | 【人】 浪岡 脩弥[あれ、今、犯罪臭を肯定された気がする? それより「お袋」って。しかも言い慣れてなさそうに。 不意打ちの可愛さに打ちのめされ掛けた所為で、よろしくしてもらいます、だとか、またうっかり際どいことを言いそうになりながらも、引き摺られていく姿に手を振り返した。 お前の今日の用事ってのが家族サービスだったことにも謎の安堵なんかが湧いて来たりして、散策に戻る足取りは軽かった。小曲の楽譜とスニーカーと、ついでに目についたクロスのヘアピンを買い求め、店員に怪訝な顔をされたのはご愛嬌だ。 映画は退屈だったが、確かに英語の教材としては良かった。 うん。 思い掛けず充実した休日だったと言えるんじゃないか。]* (16) 2026/10/24(Sat) 22:42:51 |
(n0) 2026/10/25(Sun) 21:35:02 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき──年が明けて、お互いに「あけおめ」のスタンプを送り合ったのが、最後のまともなやり取りだった気がする。 暫く待ってみたけれど、スマホの画面にお前の名前が表示されることはないまま、季節だけが静かに冬から春へと移り変わろうとしていた。 何度か、自分から連絡してみようとはした。けれどその度に指が止まる。『終わってしまえばいい』なんて思っていたくせに、いざこうして不意に切られると、こんな終わり方を望んでいたわけじゃないんだと突きつけられる。 お前の真意も分からないし、元々セフレというだけの関係に追い縋れるほど俺の心は強くなかった。 会うたび与えられていた甘さや体温に嘘はなくて。いや、嘘だと思えたらいっそ楽だったのに。 根が優しくて情が深いお前は、それなりに付き合いの長くなった俺に少し入れ込んで、甘やかすような真似をしてしまっただけなんだろう。それを『特別』だと誤解しそうになっていたのは俺のほうだ。 それでも、こうやって連絡がなくなってしまったことで、お前にとって俺はその程度の存在だったんだと思い知らされるのは、やっぱりしんどかった。 (17) 2026/10/25(Sun) 23:23:00 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき外の陽射しが少しずつ暖かくなって、どうしたらいいか分からないまま二年生になる。 すでに始まった就職活動の準備と日々の課題に忙殺される日が増えていった。半ば強制的にお前のことを考える時間が減ったのは、きっと良いことだったんだと思う。 でもふとした瞬間、教えてもらったカオマンガイの店の前を通りかかったときや、学校の連中と就活の息抜きにってバッティングセンターに行く流れになったとき、胸の奥が酷く冷えた。 (18) 2026/10/25(Sun) 23:24:45 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき暗くなった部屋に帰り着く。リクルートスーツのジャケットを脱いでハンガーにかける。シャツの釦を外しながら疲れ切った身体を引き摺るように洗面台へ向かった。 短くなった前髪を、いつかお前からもらったヘアピンで留める。外にはつけていけないそれを家の中でだけ使っている自分が、未練がましくて嫌になる。でも、どうしたって捨てられなかった。 ────もう終わった。 終わってしまったんだと何度も言い聞かせる。 今さら連絡をして、完全に拒絶されてしまったら耐えられない。 これ以上、傷を負いたくはない。期待したくない。 恋も愛もいつか必ず壊れるのだから。 だから俺は、お前に逢いたくない。* (19) 2026/10/25(Sun) 23:26:18 |
![]() | 【人】 阿仁川 いつき巣食ってしまったのは 音楽とは言えなかった オーヴァーチュア 鏡越しの瞳 映っている獣 吠え立てないのは躾がなっている それだけ 何時か何処かの、どこでもない部屋 もしくは大海原 ねえ、おちないままでいてよ 身を以って、縊死 掬い取られ絡め取られる 日を、 『事象の地平面』 (20) 2026/10/25(Sun) 23:26:47 |