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【人】 希壱──なずな! よかった、傘、持ってたんだな [近づいてくる黄色い影に、 こちらも数歩走り出して迎え入れる。 先程止まっていた赤信号の横断歩道は、 通りゃんせのメロディを流しながら、 いつの間にか青に切り替わっていた。 パシャ、と水が跳ねる。 あの子のすぐ側まで行くと、 視線を合わせるようにしゃがみこむ。 水色の靴は濡れてしまっていたけれど、 それでも全身がずぶ濡れになっているよりはマシだ。 よくよく見れば、合羽も着ていて ランドセルカバーまでついていた。] 『おねーちゃんがね、前にわたしてくれてたの。 もしものときにつかいなさいって!』 [そう言うと、ニコ、と妹は笑う。] (230) 2020/09/14(Mon) 22:43:12 |
【人】 希壱[そうか、姉貴の入れ知恵か。 こうなる日を見越して、置き傘をさせていたのだろう。 用意周到に。きっと、俺がやらかした時の為に。 そう考えて、気分が沈み出す。 いつも以上に気分が落ち込むのは、 きっと、雨のせいだ。 ほら。この子だって。 何も言わない俺を不安そうな顔で見てる。 直ぐに笑顔で対応しなくちゃ。 俺が不安にさせてどうするんだ。 大丈夫だよ、帰ろうって。 余計なことも言わずに。 苦しい気持ちを吐き出せずに。 ]……そう、か。 姉貴が持たせてくれてたんだな。 なずなが濡れてなくてよかったよ。 さ、帰ろう。 兄ちゃんずぶ濡れだから、手は繋げないけど ……ごめんな。 (231) 2020/09/14(Mon) 22:43:54 |
【人】 希壱[そっと立ち上がって、横断歩道を見る。 さっきまで流れていたメロディは止んでいて、 信号機は再び赤になっていた。] ………ついてないなあ。 [そんな言葉を漏らした直後。 耳を劈くような音が辺りに響いた。] (232) 2020/09/14(Mon) 22:44:17 |
【人】 希壱[瞬間、世界がスローモーションに見えた。 雨の中、スリップしたトラックが横倒しになっていく。 そのトラックに巻き込まれた赤い車が、 いやに鮮明な色を保ったまま、こちらへと突っ込んでくる。 クラクションが街中に響いて。 叫び超えが鼓膜に響いて。 すぐ隣にいたあの子を突き飛ばす。 俺と同じ、タレ目で猫目な瞳が大きく見開かれる。 紫の瞳が揺れて、俺を呼ぶ。 あぁ、そんな顔すんなよ。 大丈夫だから。 なずなが無事ならそれでいいんだ。 そう思って、ニコ、と小さく微笑んだ。] (233) 2020/09/14(Mon) 22:44:51 |
【人】 希壱[ グシャ 、と嫌な音が響く。ギシ 、と嫌に骨が鳴る。視界が歪んで、赤に染って。 何が起きたかを理解する頃には。 もう、俺はこの世にいないんだろう。] (234) 2020/09/14(Mon) 22:45:21 |
【人】 マリィ[楽しかった、って言葉に そうね、って返すくせに どっちも「また来よう」を言わないまんま。 少し歪な空気のまま、車は芸術村へ するりと滑り込むでしょう。 いよいよ日も陰り、夜の時間の近付く頃。 人影もまばらな美術館へ入れば 途端に、眩しい色彩が目を焼いた。] ………………、 [四面を取り囲むように聳え立つ 天使や聖なる御子、聖母を象ったステンドグラス。 正面にどんと構えていたのは、 磔刑に処されるキリスト像だった。] (237) 2020/09/14(Mon) 22:53:50 |
【人】 マリィ[ステンドグラスとは、識字率が低かった昔 阿呆んダラでも分かるように、聖書の内容を 噛み砕いて図にしたもの…… そう、ガイドブックに書いてあった。 アタシは神様仏様を信じてないけど 流石に聖書のあらすじくらいは知ってる。 聖母マリアから生まれたイエス・キリストは 人の咎を負って磔刑に処されるの。 聖書には、同性愛も罪のひとつとして 数えられているのも、知ってる。 隣で聴こえた吐息と正反対に、 アタシは、もう息が出来なくなった。 荘厳な雰囲気の中、死んだ目をしたキリストが じっとアタシを見下ろしている。 「美味しい」の代わりの軽口に 笑ってみせてくれる由人より厳格な 全部お見通しの顔をして。 怖い。怖い。もう、逃げ出したい。 全部かなぐり捨てて、ひれ伏して、 泣きながら地に頭を擦り付けて謝りたい。] (238) 2020/09/14(Mon) 22:54:37 |
【人】 マリィごめんなさい…… [そう呟いたのと、由人の手が アタシの手を取ったのは同時くらい。 続いて落とされる由人の呟きに 視線を彼の横顔へと移すと、 硝子越しに差し込んだ光が 彼の睫毛へ影を落としていて……] (239) 2020/09/14(Mon) 22:56:04 |
【人】 マリィ…………そう、だね。 [アタシは、由人の横顔に視線を向けたまま 漸く手を握り返せたの。 相変わらず息苦しくて 射抜くような視線を上から四方から感じてたけど 今、アタシはひとりじゃないもの。 ……情けないこの手の震えが、 由人に伝わりませんように。] (240) 2020/09/14(Mon) 22:56:21 |
【赤】 橋本 雅治[─────ああ、神様。 俺は許されたい。 あなたが許してくれなくってもいい。 地獄に落ちて焼かれたっていい。 けど、せめてこの地上で生きる間だけ この人のそばに居たいんだって この人に伝える勇気をください。] (*10) 2020/09/14(Mon) 22:56:58 |
【人】 マリィ[そうしてアール・ヌーヴォー美術館の方へ 足を運んだけれど…… 正直、「良さげなツボとか皿」以外の 感想が思い付かなくって 多分アタシはずっと黙ってたと思う。 ガイドブックの「小樽」も読めなくて 何度も由人に聞いたもの。 もう少し、頭が良くなりたかった。 ……いいえ、頭が良いとか悪いとかじゃなく もっとちゃんと勉強すれば 今日はもっと楽しかったかもしれない。 由人と暮らすまで豚肉と牛肉の違いすら 正直よく分からなかったし、 興味もそんなに持ってなかった。 もっとよく分かっていれば ちゃんと「美味しい」って言う時に 気の利いた感想が言えるかもしれない。 振り返っても、後悔ばっかり。 今更禊をしたところで 払いきれる穢れじゃないかもしれない。] (243) 2020/09/14(Mon) 22:58:19 |
【人】 マリィ[ホテルに着いた頃には 随分辺りは暗かったでしょう。 古い歴史ある造りの玄関の上に 近未来的な造形の客室がドッキングした 何だか奇妙な感じの宿だったけれど 客室温泉はあるし 海の幸溢れる夕食が絶品!とかなんとか。 でも正直、お夕飯をすぐに楽しめそうな 心持ちじゃあなくって。 通された部屋はダブル。 お行儀よく並んだふたつのベッド。 分厚いカーテンは寒さ避けのためか 全て固く閉ざされている。 アタシは手持ちのボストンバッグを、 どさり、とベッドに放り捨てると] ……ねえ、お夕飯の前に話しちゃわない? [少し、震える声で切り出した。 「どうせなら、美味しく食べたいじゃない?」 なんて笑おうとしたけど、 うまく、口角が上げられなかった。]* (244) 2020/09/14(Mon) 22:59:38 |
【人】 月森 瑛莉咲[ 風に囚われるようなすがたも その風を慈しみ口づける様子も わたしは ずっとそれをながめてた。 意味がわからなくたって ちくって刺さったりもしちゃうんだから。 虫にも妬く女は風にだって一緒なの ] (245) 2020/09/15(Tue) 0:49:05 |
【人】 月森 瑛莉咲[ 出会い頭の誘拐願望を、 否定することなく。 待ってた、って。 連れさってくれるんだって 『かみさま』は私に、手を差し伸べる。 あとは私が、手を伸ばすだけ。 足ひとつぶんの異界への境界線。 踏み込めばもう戻れない はないちもんめ ] (247) 2020/09/15(Tue) 0:53:32 |
【人】 月森 瑛莉咲[ 自分で神域がどうのいっちゃう 妖しげなお兄さんに いいようにされただけかもしれないし 本当に 『かみさま』だったとしても ……真実はどっちだって。 もう、どうだって。 ] (249) 2020/09/15(Tue) 0:55:28 |
【人】 月森 瑛莉咲……たける。 [ 私の運命は、あなた次第で変わる。 かみさまなら かみさまらしく 無遠慮にあなたのもとまで連れ去って。 魂の奥底眠るものより、 ]もっともっと つよい想いを 私の中から 奪い取って 苦しくて仕方ない鼓動に 名前をつけて (252) 2020/09/15(Tue) 0:58:03 |
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