「……！
　感謝する。ありがとう」

　立ち止まり、会釈する。
　珍しい組み合わせだが、娼館主と成人男性だ。
　そう怪しまれない組み合わせだろう。

「アンタレス。
　あなたのもうひとつの名を聞かせ願えないか
　……『貸し』の保険のため」

「混乱？
　ああ、キューの薬と変死体を結びつけるためか。
　
　キューは……、」

　ためらう。

「俺からキューに聞いてみる。
　情報ありがとう」

首を横に振っていた

お礼を言われるようなこともない
そのうちお礼なら渡さなければいけない方はこちらなのだ

『キューのの会話難しかったです』

少し不満げな様子をあなたに見せてから離れるだろう

（回答しない選択は取れないのか）

　ラサルハグは、キューが『等価交換』と取引の結果、
　『キュー』の喋る間の記憶を
　ある程度有することを知っている。
　だから"壊れた時報"の不利益を危惧している。

「……？」

　彼が自身を『キュー』と呼んだ記憶はない。
　まるで他者を差すかのような物言いだ。

「サダルから聞いた。
　やくしの『トルキではないもの』から贈られた薬は、
　キューが用意したものだと。
　
　『あの薬はみんなを幸せにするものだろうか？』」

「、に でし」



「でも サダルは でし。
　ボクは クスリを ヨウイ でし！
　トルキから のは でしけど…」

「…………」

目を伏せる。
貴方にこれ以上立ち入らせたくはない。
だが、もうそれも遅いのか。

ため息をついて貴方に向き直る。

「──"俺"は『ラム』
　娼館の主人にして、贄の羊。
　その名を広めるも胸にしまい込むもお前次第だ」

「それでは、"私"はこれで失礼するよ。
　またのご来店、お待ちしております」

いつもの怪しげな笑み。
恭しく頭を下げるとヒールを鳴らして蠍は去っていった。

（嘘をつかれている……？）

　普段のキューの喋りから推測して意味を読み解けば、
　キューとサダルの証言は食い違っている。
　
　だがサダルはブラキウムではない。
　彼の生真面目さから勘違いは考えづらく……。

「あなた『我々』か？」

　見下ろしたまま、静かに尋ねた。

　

レグルスは慄いて瞬時に1m後退！
理解の範疇を容易に超えた事態への反射的行動であった。

「ハアッハアッ……ビックリした……。
　……どういうことなんだよお……」

恐る恐る空いた距離を歩いてくる。

「……へえ、ふうん。………。」

成長途上の、抱き枕、と言った言葉に、
子供扱いするなどでも言おうとするかの如く、
口をもごもごとさせたが、黙ったままでいた。
そこに真っ当な理由がある限り、口を挟むことは出来ない。
大人しく話を、聞いて……

（ラム………）

去る背中を見送りながら、
左手の人差し指を口元へ近づけた。
指先には常に蛇を彫金した指輪が嵌められている。

「『我々』は、はじめから『あなた方』と運命を共にしている。
　広めることはない。
　しかし共有させていただく。

　…………俺たちのために」

「キューは でしよ。
　でも、ボクは 」

「…………」

　頭に手をあてる。
　あべこべの言葉の意図を考える。



　一方的に頭に届けられた音の羅列を記憶ごしになぞる。
　ある音は欠け、ある音は異なる。
　それでも意図は通じるだろうか。

「でよかっただろうか」

「」

「……、、
　 でし……！」

　さながらキャベツに食らいつくウニのごとく俊敏な動きに
　ラサルハグも驚き身じろぐ。
　ぶるりと震えは全身に伝わり、
　短い間に第二波、第三波が重なって、
とよく震えたことだ。

「…………落ち着いたか」

　ラサルハグは、落ち着いていた。

　
「抱き枕とはまた別に守りが必要、
　という意味だったんだが……。
　誤解させてすまない。

　抱き枕になってほしければなるが」

　いらないと言われた直後だ。

「俺は快楽で人を殺す輩ではないよ」

　貞操の危機を覚えられてるなど露も思わない。

　知らず息をつく。
　当たっていた。よかった。

「俺はの声が聞こえたときから、
　あなたと話をしたかった。

　の声は悲鳴のように聞こえたから。
　言い過ぎかもしれない。
　一方的な感傷を抱いているに過ぎないだろう。

　それでも俺はできることを成したい」

「あなたについて教えてくれないか」