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【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙 ー 夢の終わり ー [千由里と別れてしまえば 俺には家に帰る他道はなくて、 例え振り向いても追い縋っても 一時の夢には戻れない。 そうしてきっと俺はひとりとぼとぼ 家に帰るんだ。 絵美から出迎えの言葉もなく 梨花の泣き声で押しつぶされそうな家に。 重い足を引きずるようにマンションまで辿り着くと 玄関にちょこんと梨花が座っていた。 今しがたまで母ではない女と 一夜を過してきた父を、何にも知らない顔で にっこり笑って出迎えると 梨花は足りない舌で「ぱっぱ」と呼んだ。] ただいま、梨花。 …………ママは? [尋ねれば、「ママ、ねんねしてぅ。」と応え 梨花は俺に抱っこをねだる。 どっしりと、重い。 子ども特有の甘酸っぱい匂いを感じながら 奥へと足を進めると、絵美は和室で 洗濯物の山に囲まれたまま横になっていた。] (0) 2021/07/14(Wed) 15:07:50 |
【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙絵美、ただいま。 [呼び掛けても返事はない。 網戸から吹き込む風が、絵美の前髪を吹き上げ その疲れに浮腫んだ顔を晒す。 久しぶりに俺と過ごす時間が嬉しいのか 梨花はひっきりなしに俺に話し掛けてきて 俺はその他愛ない話に耳を傾ける。 でも、まるで平らげた馳走に思いを馳せるように 頭の中には千由里の顔がチラついた。 キスのひとつひとつ、汗ばむ肌の味…… それは掛け替えのない、未来を生きるための糧。] 梨花、ママねんねしてるから パパと一緒にプリンセスソフィア観ようよ。 [パパの顔に戻った俺はそんな提案をしながら 梨花とのひとときを過ごすだろう。] (1) 2021/07/14(Wed) 15:08:19 |
【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙[─────けれど、 夜まで起き上がらない絵美に 「いつまで寝てるの?」って声を掛けて、 絵美の身体が冷たくなっているのに気付くまで 俺は何も知らないでいた。 俺が夜を過ごすうちに、 神様は絵美の生命を天へと昇らせ 代わりに、梨花だけを置いていった。 そうして、逃げることも出来ない「パパ」の名前が 俺の上により一層重く伸し掛ることなんか バカな俺は全然、気付かなかったんだ。] (2) 2021/07/14(Wed) 15:10:42 |
【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙[絵美が死んでいるのに気付いてからのこと、 実は全然覚えていない。 どうして?なんて問う暇なんかなく 無情にも日々の瑣末事は押し寄せてきたし、 瑣末じゃない諸々も抱えきれないほどあった。 料理も、洗い物も、洗濯も、掃除も 分からないけど、頑張るしかなくて、 でも、全然上手く出来なくて。 上手く作れななかった料理を出したら 「ママのがおいしい。ママのがいい」って そう言われる度、死にたくなった。 ほら、パパじゃダメだって、って 逃げ込めるところなんか、何処にもなくて、 仕事から帰って、家の事やって、泣かれて 寝なくて、梨花が熱出して、仕事も出来なくて そんな日々が続く。 たまにどうにもならない苛立ちが募って 梨花に当たると、ママ、って泣くから 気持ちを内へと殺すようになった。 絵美が生きていた時より ずっとずっと辛い毎日が連綿と続いていた。] (3) 2021/07/14(Wed) 15:11:17 |
【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙[ふと、思うんだ。 絵美にも「ママ」になる覚悟が あった訳じゃなくって、 どうやっていいか分からない、 このどうしようも無い状況から 「助けて」って俺に手を伸ばしてた だけじゃないかって。 だとしたら、これはきっと罰だ。 一人抜け出し、夢を見ようとしたことへの。 でも、罰なら受け入れなくっちゃ、って そう思うのに、「おいしくない」って 食べてもらえなかった卵焼きをゴミ箱に捨てる時 もう、どうしようもなく涙が止まらなかった。] (4) 2021/07/14(Wed) 15:11:39 |
【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙[でも、時々、ね。 梨花がご飯食べてくれて 新しい言葉覚えたり、歌を歌ってくれたり 下手くそな似顔絵で「ぱぱだいすき」って 描いてくれたりしてさ…… そんな一瞬のことが、すごく嬉しくて。] (5) 2021/07/14(Wed) 15:14:27 |
【人】 リカちゃんパパ 敷島 虎牙[─────そうして、あっという間に あの夜から半年が過ぎてしまった。 たまたまその夜は梨花がすんなり寝てくれたから 一人静かに夜風に当たりたくて そっと家から抜け出したんだ。 玄関横にある鏡に映った自分の顔は すっかり「おじさん」の顔をしてて、 それを見たせいか、夜の公園から臨む夜景は ぼんやりと滲んで見える。 家の灯りや街灯が色とりどりに点って まるであのアクアリウムを思い出す。 ……覚えているとも、あの日食べた レモンケーキの味とか、交したキスの甘さまで。 でも今の俺を見たら、きっと千由里は こんな窶れたおじさんに「好き」なんて 言ってくれないに違いない。 ベンチの上にぐったりと項垂れると 涙は足元の砂の中へと消えていった。]* (6) 2021/07/14(Wed) 15:14:53 |
【人】 ぶろーくんはーと 真白 千由里[そうして、夜が明ける。夢が終わる。 エスカレーターを下りてフロントを後に、 ホテルを出たら駅まで歩いて 改札を通り抜けてから先に背を向けたのはどちらだったか。 通勤ラッシュを過ぎたホームは静か。 ベンチに腰掛けて手持ち無沙汰にスマホをいじった。 通知の溜まったLINEを開くことはなく 別に面白いわけでもない画像投稿を眺めた。 いつもとそう変わらない日常。 いつもと同じ、退屈な日常。 無意識にパーカーの長袖を掴んでいて ぎゅっと指が食い込んだら、少し痛い。] (7) 2021/07/14(Wed) 17:06:28 |
【人】 ぶろーくんはーと 真白 千由里[だから良いの、タイガさんの一番じゃなくても 愛してるし、ちゃんと忘れない。 あの日知ったあなたのことも、 ――あれから見つけたあなたのことも。 ブログに映ってた写真。 マンションの場所ならネットで見つけた。 最近、あんまり更新してないね? ふらっと立ち寄ってしまったのは あの夜からひと月くらい後だっけ。 ちょっと通り過ぎただけ、それだけのこと。 週に一度、数日に一度、――毎日、 ほんのすこし眺めてただけ。 ゴミを捨てに行くタイミング、 リカちゃんを連れて買い物に出かける姿。 夜の公園で明かりのついた部屋を眺めて 電気が消えるのを見たら、 そっと「おやすみ」を告げる。] (8) 2021/07/14(Wed) 17:08:41 |
【人】 ぶろーくんはーと 真白 千由里[彼はちゃんと「パパ」だった。 ぐずるリカちゃんを抱っこするのも、 ご機嫌なリカちゃんに笑いかけるのも。 あの夜よりもっと、ずっと大人に見えたんだ。 ちゆなんかじゃ届かないような気すらして 愛し合ったのが、なんだか幻みたい。 ――ねぇ、ちゆのこと覚えてる? 思わずそんなこと聞きたくなって、 何度か電話を掛けようとした。 でも、出来なかった。] (9) 2021/07/14(Wed) 17:09:31 |
【人】 ぶろーくんはーと 真白 千由里[タイガさんの奥さん、まだ見たことないけど 連れられて歩くリカちゃんが幸せそうで 羨ましくて――ちゆには壊せなかったんだ。*] (10) 2021/07/14(Wed) 17:09:47 |
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