どこにいても、解るものです。
自分天使を呼ぶ声というのは。

耳に優しい歌と共に。
柔らかい雨を受けながら、呼び手――ナディルに近づきました。
"森"の中、穏やかに眠るナディルの顔を覗き込みます。
ずっと見ていたいですね……と思ったら、うぅん、と、むずがるような声があがりました。

「おはようございます」

そっと声をかけると、ナディルは飛び起きて後ずさりました。
そんなに驚かなくても良いじゃありませんか。
無意識とはいえ、私をここに呼んだのはキミの心なのですから。

呼んでいない、との抗議は聞き流して。
座りなおしたナディルと再び顔を突き合わせる姿勢をとります。


「さて、ナディル。お説教の時間です」

笑顔で言うと、ナディルは「今度は何を言い出すんだこの奇人は」という顔をしました。

「あのですね。
　私はキミの一番だと言ったのに。
　キミは全然こちらに構ってくれないどころか
　浮気を繰り返していますよ。
　随分と私の知らない顔をするようになった。
　私は嫉妬していますよ」

ナディルは、やる気がなさそうに「知るか」と言います。

……ま、そうですね。
私も少しふざけただけで、こんなのは本気の台詞じゃありません。
怒ったふりを解除して、肩の力を抜きました。

しと、しとと、雨音が、世界を分けて。
まるで煉獄で2人きりになったようだと思いませんか、ナディル。
改めて見ると、ナディルの表情は、初めて会ったときと随分変わっています。
それもそうですね。
だって……

キミはこれまで地上にいた時に、1回でも問われましたか？
キミ自身の願いを。
キミが本当は誰なのかを。
ジンではなくナディルを求めた契約者が1人でもいましたか？


ナディルについて、ファルーサが問い、アルバリが暴きました。
死神でも、願い事のための道具でも、空の器でも……神の子でも、ジンでも人でもない、奥の奥で息を殺していた"ナディル"を。

私の"神の目"を煩わしそうに避けていた不自由なナディルはもうおらず、いま彼は、母上と共に永いこと失っていた幸福を手にしています。
……気付いているでしょうか？

この美しいナディルに何を言っても野暮な気がして、何回も何かを言いかけて言葉を飲み込むことを繰り返しました。
結局、長い沈黙の後に言えたのはこんなことでした。


「私はキミを導きたい。
　キミが正体を失ってしまうような地上へではなく
　キミがキミを取り戻し、キミのままでいられる煉獄へ。

」

■ドラマシーン　絆取得
■相手：シャフリヤール
■場　所：神殿※任意可

成否判定：(1)(2)^2d6

■ドラマシーン　絆取得
■相手：アルバリ
■場　所：神殿※任意可

成否判定：(5)(2)^2d6

神殿の前から立ち去ろうとしているシャフリヤールに近づきます。

「珍しいですね、こんなところに来るなんて」
「天使か。
　……来たくて来たわけではない。
　歩いたことのない方角に足を向けたら
　たまたまあの建物が目に入ってしまっただけだ」

シャフリヤールは、うんざりした口調で言いました。
その"うんざり"は、私ではなく神殿に向けられているようでした。
少し興味がわきます。

「神殿……神が、お嫌いですか？」

シャフリヤールは、数秒ののちに、言いました。

「哀れだとは思う」
「哀れ……？　神が？」
「あのように群がる者たちに、慈悲を乞われたり、奇跡を祈られたり、恵みを願われたりするだけの存在だろう。それはひどく、退屈だ」
「ああ……」

彼の言葉が、なんとなく理解できました。
それは、かつて地上にいた頃の自分へ向けた言葉でもあるのではないでしょうか。

地上では動かなかったキミの心が、煉獄においてはたくさん動きましたね。
ねえ、少しは楽しかったのではないですか。

苦痛さえ麻痺していた不感の心が、死後に揺れて。
痛みさえ、哀しみさえ……そして、寄せられる損得なしの友愛は、霞んでいたキミの"心"の存在を知らしめる"実感"だったのではないですか。


キミにとって地上は呪いの地。
キミを欲しがる幾多の手が、キミから歓びも悲しみも奪い取っていく。
地位も、権力も、美貌も、乞われ、群がられ、キミはそれを振り払おうとするたびに色を失っていく。

ここではそんなことは起きません。


……私がキミを愛することをキミが煙たがるというのなら
慕っています、という言葉を受け入れてくれませんでしょうか。
キミを思っています。


これから、"彼女"のことに向き合ってみるのもいい。
そう、ほんの少しでも、楽しみを探してみるのもいい。

つまり、言いたいのは、キミの居場所は地上にはない。
ただ、ここだ、ということです。

「シャフリヤール。
　これからも私と、皆さんと、ここ煉獄にいましょう。
　きっと、二度と"退屈"ではありませんよ」