これは、無礼講が終わる前。
とことこ、といつもよりはしょんぼりな雰囲気で廊下を歩く。
終わりが近いということをちゃんと理解しているのだ。

貴方に割り振られた部屋の前まで来て、くんくん、と匂いを嗅ぐ。
ここにいるかな、それとも巡回中かな、って。

｢｣

ノックという文化は知らないので、扉越しに声を掛けてみる。

サルガスは自室にいる時、いつ来客が来ても気付けるよう視野を扉付近の廊下まで広げてある。



だから、この部屋の扉の前で立ち止まる貴方を認識すれば、自分に用があって来たのだろうと理解できる。

きっとすぐに扉は開く筈だ。
貴方と目線を合わせるように片膝をついて、首を傾げ。

「こんな場所まで、どうしたの？　……僕に何か用事？」

扉が開いて、貴方の姿が目に入れば、相変わらずのが反射的に灯るのだろう。
だって、見えるってことはそこに確かに存在するってことだから。

目線の高さが同じになった貴方に数歩近づいて、ぽす、とくっつく。

｢もうすぐ……おわっちゃう。……ので、ありがと、いいにきた｣

終われば、こうやって会いに来ることは出来ないって分かってるから。
今のうちにとでもいう風に、ひっついて。そのまま、顔を埋めるようにぐりぐり。

貴方のを見るとどこか落ち着いてしまう自分がいる。
動き、近付く様子から予測し両腕を広げ、くっつこうとする貴方を受け止めるだろう。


「ああ、挨拶に来てくれたのか……、

「よしよし」と、慰めるように貴方の頭を撫でる。
いつも通り、くっつくのも、ぐりぐりするのも。止めはしない。


「ほら、その、えっと……僕、誰かの担当を持ってる訳ではない、ので……終わっても会いに行ける、から。
　大丈夫、これで最後……じゃないよ」

｢ん……いなくなる、じゃない。ので、だいじょぶ。｣

本当に来てくれるって思うし、囚人わるいこの自分がもっと我儘を言ってはいけないってわかってるから。
今だけって思いっきりぎゅうぎゅうにくっついて、高い体温を押し付けて。


それから、ちゃんと言いたかったこと。
言葉にすることで、初めて正しい形になるものがあるって知ったから。

｢あのね、あとね、サルガスさま。
、おしえてくれて、ありがと。｣

見上げるのは、きっと少しだけ幼さの抜けた顔。

｢ない、ので、おなかすいた、んじゃなくて。んっと、、あるってことは、あるってことで。んぅ……｣

貴方のお陰で見つけたことを、上手に説明出来なくて。
だけど、色彩に少し変化がある。月光のようなやわらかさと優しさが加わったような。
正しい名を得て理解したことで、咀嚼して消化できたから。
その上で、存在証明をやり遂げたから。
だから、もう“ボクたち”じゃなくなった。

“ボク”は“みんな”を大事に抱えて生きてくんだって。
きっと消えることのない色彩を連れて。

そんなことを、たどたどしくだけど、口にして。

｢あのね、だから……んっと。。｣

ぎゅうぎゅうも拒みはしない。
寄り添うようにこちらからも緩く抱き返したりして。

そうして見上げられたなら、真剣な差しを、己ので捉える。
直接流れ込む色彩を読み解くように、静かに、じっと。

「…… ……ああ、」

説明が上手くなくとも、伝わる。伝わってしまう。
サルガスが此処に在るのも、きっと貴方と同じ理由なのだ。



「どう、いたしまして……」

ずっと脆いままだ、片方のからぼろ、と雫を溢す。
それが当たり前であるかように、拭いもしないまま。

「僕も、貴方も、……ちゃんと、います。
　そう、……いるから、

｢えへへ……！｣

幾度も抱き止めてくれた腕の中、頑張って紡いだ言葉がこうしてまた受け止められれば、が咲く。



また溢れた涙を見たなら、ちょっと背伸びをして、頬に寄せて、ぺろ、と舐めとって。

｢しょっぱい。｣

貴方の生きてる味。いつかのように呟いて。
そうして。

｢｣

多分、貴方を胃に収める日は、来ないのだろう。

も、も、貴方の色彩はいつも、どれも、キラキラしていて。
思わず微笑ましそう眩しそうに目を細めた。


涙を舐められるのは……まだちょっと慣れていないから、あの時みたいにびくりと肩を揺らして。

「…… ……ふふ、」

涙と一緒に、くすくすと笑いを溢す。

「いいえ。そして、いいえ貴方を独りにはしません……、ですよ！」



――貴方に食べられないことを、生きるとしてしまおう。