開演に水を差す、なんとも無粋な音がした。

　一も二もない発砲。狙いは深和の足元。
　三半規管も狂ってきているのか、散弾のほとんどは深和を捉えなかった。

　丈夫に作られていたはずの服は溶け、奈尾の上半身はほとんど露出していた。
　焼けた肉と黒いどろどろの中に、白が見え隠れ。
　斜め掛けにした鞄の肩紐も深く食い込み、骨が支えているようなものだった。
　深和からはあまり見えないが、状態としては背中が一番酷い。

　そんな状態にもかかわらず、これはまだ人の形を保って動いている。

　銃弾を浴びながらも飛び掛かっての勢いそのままに近くまで来た一匹には、
　避けながら鞄のペットボトルを一本投げつけてやった。

　ぱしゃり、水が打ち付けられる、場違いに爽やかな音。
　次いで崩れた肉と露わになった骨が落ちる鈍い音がして。
　最後には溶け残りの蓋の奏でる軽い音が転がった。

　かくん、頭は痛くて重くて持ち上げる気にならない。
　傾いてそのままにされた。

　篝屋に使った騙し討ちのような手段は上手くいかないだろう。
　今度は銃を捨てても近くへ寄れそうにない。

　だから、何か言うならこの方向だと思った。
　善意や思いやりを取り落としてきているのに、
　他人のそれが存在することを知っているのだ。この男は。

　篝屋が生きているかは知らないが、別にトドメを刺していないのも事実だ。
　生きているのなら、生かす気があるのなら、手当ては早い方がいい。
　自分を見逃すのなら攻撃しないとは言わなかった。
　そのつもりではあるが、言った方が今は嘘臭くなる。
　立場が対等でない者とする約束なんて、形だけのものにしかならない。

　信用を取る気はなかった。多少でも思考が逸れればそれで良い。

　奈尾はここまで、ダメージを負った際に叫ぶことはなかった。
　痛みがないわけではなかったが、半ば麻痺をしているようなものだったから。

　ふらつき、頭をおさえて、思考の大部分を
　痛みに支配されながらも、足は止めないで、前へ。

　銃を拾って撃つよりかは、屈まないぶん水を使った方が早い。
　いや、今の己の状態からすればそれよりも──。

　喉を通った空気は、音にならなかった。
　痛みの大小だけで言うなら、深和に与えられたものの方が痛烈だった、が。

　脊椎──奈尾が最初に人を殺した時にも狙った部位。
　殺し切れなくても、損傷させれば動けなくなる。
　だから奈尾はそこを殴打した。それが己に返ってきた。

　世界が白くなって、音も遠ざかったというのに、奈尾の意識はまだそこにある。
　彼はまだ人間の形を保っている。保っていた。
　脳から決まった道を通る電気信号を送って活動する、脊椎動物だ。