［試着室ではどんなやり取りがあったか。
　ともあれ、最終的には
　数着の揃いのメイド服を手にレジへと向かうだろう。

　どのメイド服も可愛いけど統一感は大事よね！

　衣装だけでもそこそこするし
　化粧品も手に入れる予定よ。
　それは一人で買いに行く予定だけれど
　喫茶の売上で採算が取れるかは怪しいものだ。

　だから、後で学級委員長に説明もするが
　衣装はウチの店で買い取ることにしよう。］
　

　
［ウチの店とは、両親が経営するMIXバーのことだ。
　女性と女装した男性がバーテンダーを務める。
　どんな人でも気軽に来てお酒と話を楽しんで行ける。
　そんな店。

　アタシは衣装を調達したりヘアメイクをしたり
　軽食を作ったりと言った
　店の裏方のバイトをして店を手伝っていた。

　これはすごーく稀だけど
　酒癖が悪く困らせてくる客から
　バーテンダーを守ったりすることもある。
　そのための護身術を週一で習って身につけてるのは
　ああ、今はどうでもいいことだったわ。

　兎も角。イベントでコスプレをする日があるから
　メイド服が無駄になることはない。
　クラスとしては衣装を無料でレンタルできる。
　メリットしかないわ。］
　

　
［そんな訳で。］


　　　　領収書、上でお願いしまーす


［そう、レジの店員さんにお願いして待つ間。
　スタッフルームの暖簾を潜って出てくる者がいた。］
　

　
［ふたりの前に現れたるそのは
　パーティー衣装グッズ専門店のエリアマネージャーである。

　筋骨隆々。着てるTシャツぱつんぱつん。
　一番好きなコスプレはナースさん。
　但しナース服にはカーディガンがなければ始まらない。
　カーディガンを着ないナース服に人権なし。

　そんな熱い信条を持つ恋人募集中の。
　（※すべて要らん情報）

　その彼は、とてもフレンドリーに話しかけてくる。
　彼は系列店を愛し、常連客を愛する。
　そんな、真面目なエリアマネージャーだから。］
　

　

　　　「日向くん、いつもありがとう
　　　　今日もお店の衣装を
　　　　沢山買ってくれたのかな？」

　　　　あ、はい……どうも
　　　　こちらこそいつも助かってます


［バイトの時の顔を知られていないクラスメイトの手前
　少し気恥ずかしくなりつつ返事をした。

　次に彼の視線は隣の栄倉へと移って。］
　

　


　　　「そちらのお客様も
　　　　いつもありがとうございます」


［と、白い歯を見せて笑いながら
　栄倉にとって余計過ぎるかも知れない一言を残して
　はスタッフルームへ帰って行く。

　彼に、悪気はない。
　お店に来てくれるお客様を>>2:4
　毎度マフラーをつけていて印象的なお客様を
　ただただ、大切にしたいだけなのだ。

　――そう、真面目なエリアマネージャーだから！］
　

　

　　　　アンタもこの店利用したことあったのねぇ
　　　　何買いに来たの？


［領収書を受け取り折り畳み、財布へしまいつつ
　軽い口調で質問をするアタシにも勿論悪気はない。
　ないったらないのよ。
　ハロウィンかクリスマスかなって予想────**］
　

[ヴィンセントの眉間に皺が寄っていることなんてつゆ知らず>>20。
私は彼と二人が会う時のことを考えていたの。
お洋服は何を着ようかしら、とか、先に二人のことを
紹介しておかなくちゃ！　とか。
]


　そうね
　私も何かよさそうなもの、考えておくわ！

　

　高いものでなくても、
　なにかびっくりさせるのもいいかもしれないわね


[私は笑顔で答えるの。
ヴィンセントのセンスは信頼しているわ。
だから安心して任せられるのよ。
値段なんて関係ないわ。彼と二人が楽しくいれたら
それでいいと、私は思うの！

大事なのは彼もそうだけど、二人のこともよ？>>26
だからどっちかに偏ることなく、みんなで笑顔になりたいの。]

　今度の週末ね！
　ふふっ、楽しみだわ


[幼馴染の落ち込んだ様子>>27に気づけない私は
喜んで声を明るくさせるの。
口元に手を当てて上品に笑って見せて、
上機嫌なまま話を続けるわ。

ヴィンセントと一緒にお出かけする時に
ついでに寄りたいカフェの話とか、
おうちのお庭で咲いた桜の木のこととか、
その桜の花弁で作ったアロマのこととか。

そうしていると、時間ってあっという間に過ぎちゃうのね。
ヴィンセントが立ち上がって>>22、時間の経過に
ようやく気付くのよ。]

　あら、お仕事に戻っちゃうの？
　残念だわ。
　お仕事頑張ってね

　私も楽しみにしているわ


[小さく手を振って、ヴィンセントを見送るの。
もう子供じゃないから長く引き留めたりはしないわ。
それに、引き留めなくても週末には会えるもの。
その背を見送りながら、ヴィンセントから発せられた言葉には
紅茶を飲みながら少し考えて。
ミシェルもおうちのことでなにかお勉強しなくちゃ
いけないのかしら、なんて思ったの。]

　それでね、話の続きなんだけれど……


[そこから他愛もない話を続けるわ。
私の口はとってもおしゃべりでね。止まってなんかいられないの。
それに、もうすぐで門限だわ。
お迎えがくるまで、話したいことは全部話さなくちゃ！]*

　
［栄倉と別れたのは駅だったか。
　赤い口紅は所持していなかったので
　店内で完成形を見ることこそ叶わなかったが
　俄然、やる気が出るというものだ。

　眼福眼福。

　最寄駅、日ごろ利用するドラッグストアで
　プチプラのコスメを必要数手に入れた。
　教室で事前に調査しておいた通り
　メイド役の男子それぞれに合うと想像する色で。

　メイクの腕はバイト先のオネエ様方に
　ミソッカスに貶されながら身につけていた。

　「これじゃブス過ぎるわよ何とかしてよブス」
　「五月蝿いわね元が悪い割に上手くいってるわよ」

　などと言い返してる内にクチが少々悪くなりはしたが
　努力が結果に表れやすい気のする化粧は楽しいものだ。

　どちらかと言うと図画工作をしている気分になるけれど。］
　

　
［ビニル袋を手に下げ
　自宅までの道を歩いていると着信があった。

　下僕ズとのグループLimeだ。
　一つのスマホを取り合うように電話してきた時には
　それぞれのスマホで同時通話出来るから……って
　呆れながら使い方を教えたのだけれど
　いまではすっかり使い方を覚えて掛けてくる。

　えらいぞ。

　通話を受ければ、喫茶で出すものを
　タピオカドリンクにできたという報告だった。
　アタシが元々希望してたやつ！］


　　　　でかしたじゃない！
　　　　褒めてしんぜよう〜


［上機嫌にそんなことを言えば
　俺が推したからだとかオレが説得したからだとか
　一斉に手柄を主張しだした。
　二人とも褒めてあげるわよと呆れつつ
　かわいさに口元が緩む。

　何でアタシなんかが良いのかしら。］
　

　
［物心ついて女の子として暫く過ごしたあと
　実はそうじゃないって突きつけられた時
　全くショックではなかったけれど
　男の子だと言われてしっくりきた訳でもない。

　性自認は若干男寄り……、なのかな。

　それでも口調はいまのものが好き。
　かわいいものも、自分を綺麗にすることも、すき。
　身体を鍛えることだって、結構すきよ。

　恋愛感情を抱いたことがないから
　男性と女性とどちらが好きかは未だにわからない。

　自分でも知らないことが多くて
　自分にどのラベルを貼るのが正しいか判断出来ずにいる。

　でも誰に気持ち悪がられようとこれがアタシなの。
　変わりたくなんて、ないわ。］
　

　
［こんな宙ぶらりんなアタシでも良いって
　慕ってくれる子がいるのが不思議でならない。

　でも、だからこそ、大切にしなきゃよね。］


　　　（けどやっぱ、下僕じゃなくて友達……）


［関係性は近い内に正そうとは、思う。

　他に看板作りの成果だとかを聴いていれば
　家に着くのはあっという間。

　文化祭の本番が、近くに迫っていた。**］
　

[おうちに帰ってご飯を食べて。
のんびりとした夜の時間を過ごすの。
紅茶はカフェインレスのハーブティーを選んで、
飲み終わったらお風呂に浮かべるお花を探すわ。

ふんふんと鼻歌なんて歌っちゃって。
今日はミシェルとヴィンセントに会えたからご機嫌だわ。
黒いレースのネグリジェとお花を持ってお風呂場へ。

ここからは私だけの秘密の時間よ？
それじゃあ、また後でね。]*

　
［────それから。

　メイド役の子にスキンケアを叩き込んで
　立ち振る舞いについての指導もビシバシと行った。
　ぎこちない子もいるけどまあそれなりに
　チンパンジーが人間になっていったかしら。

　タピオカは予め試飲をする会を開いた。
　思ったより調理が簡単だったわね。
　どうしたってガサツな子が多いので
　茹でた粒の数が人によってマチマチにならないよう
　穴あきお玉のここまで入れるってルールを決めて
　調理台に絵付きの注意書きも貼った。
　サルでもできるわね。

　看板は……「日向組」とかいうデザインを粛清した。
　勿論下僕がやったことだ。
　本人、真面目に書いたみたいだから頭を抱えてしまう。
　クラス名書きなさいよ、アタシが組長みたいじゃない。

　シフトはメイド役裏方全員平等に。
　休み時間、遊びに行く時はプラカードか
　サンドイッチマンで宣伝を兼ねるように。
　などなど、思いつく限りのことを尽くした。］
　

　
［こんな風、様々な所に口出しするほど
　気合いが入ってしまったのは
　打ち上げ費用や、夏休みの宿題カットより何より

　　　クラスメイトに頼られたのが
　　　　　　　　　嬉しかったから……、

　だったりするのは、誰も気付く必要のないことだ。
　ていうか恥ずかしいから気付かなくてよろしい。

　よろしいったらよろしいのよ。］
　

　
［そうして迎えた当日の朝。
　運動部の子から借りたクーラーボックスに
　製氷店で氷を安く売ってもらって詰めて
　下僕ズと共に登校した。
　ほんとこの子らが居てくれて助かるわ……。
　文化祭が終わったら何かお礼をしないとね。
　クラスのとは別に三人で打ち上げとか、どうかしら。］


　　　　ふふ、貴方たちが世界で一番かわいいわ
　　　　売って売って売りまくるのよ


［メイド役たちの顔面工事を施し終えれば
　そう言って鼓舞した。
　元の良い栄倉は当然として他も仕上がりは上々。
　スパルタ指導の甲斐あって、仕草を含めて彼らは
　大変素敵なメイドさんになっていた。

　そう、可愛いは造れる。

　――計画通り。］
　

　
［と、好調な売り上げを見せる我がクラスの出し物を尻目に
　悪人ヅラをしていられたのは前半戦まで。］


　　　　あちゃー、仕方ないわね
　　　　ちゃんと保健室で診てもらいなさい？
　　　　残りはアタシが代打で出るから


［休憩に行っていたメイドの一人が
　はしゃぎ過ぎて足を捻った。
　メイドさんにドジっ子要素は悪くないけど
　無理はさせられない。
　裏方と違ってメイドの人数はギリギリだ。
　ウィッグとメイド服を引っ剥がしてシフトを引き継ぐ。

　裏方の手が薄くなるけど、
　そこは下僕ズに1.5倍ずつ働いて貰おう。
　本当――、手間をかけるわね。**］
　

　
［人工の毛と柔らかな裾がふわりと拡がる。
　髪が長いのも、ワンピースを着るのも、
　随分と久しい。

　最初の引っ越しの後に義務教育が始まって
　「何で男の子なのに髪が長いの？」なんて
　無垢な同級生に訊ねられてから
　髪はばっさり短くしていた。

　高校生は法的に
　バーテンダーの仕事が許されないので
　両親の店ですら女装はしていなかった。

　だからこの姿は、子供の頃以来。］
　

　
［この姿で仲良くしていた友達が居たな。

　鏡でチェックしながら、
　不意にそんなことを思い出していた。

　深く考えもせずに漫画で見たのをなぞって
　ショーライのケッコンの約束も
　していたかも知れない。

　ああ、これ黒歴史ってやつだわ。］
　

　
［まさか子供の口約束を
　本気にはしていないだろうけど

　相手が男だったと知ったら
　少しはショックを受けてしまうのかしら。

　――うん。思い出はキレイなまま
　しまっておいて貰うのが一番ね。

　アタシもどんな顔で会ったらいいかわかんないし。］
　

　
［お肌の手入れは日頃からしているから
　他の子達より施工は若干省略できる。
　いつも持ち歩いてるリップの
　軽く色のつく方で仕上げてターンエンドよ。］


　　　　どうよ、けっこーカワイイでしょ？


［セクシーポーズとウインクのハッピーセット。
　……は、勿論ツッコミ待ちなのだが
　下僕ズは馬ッ鹿真面目に肯定してくれるので
　妙に照れ臭くなって赤くなった頬を掻く羽目になる。

　ゆるぼ：ツッコミ役。**］
　

[お風呂から上がって髪を乾かして、寝る前に
もう一杯だけハーブティーを飲もうかしら、なんて
思っていた頃。]


　あら、忘れ物しちゃった……！


[ミシェルからのメッセージが来ないと思ったら、
スマートフォンを忘れちゃったみたいなの。
まだ寝ていないわよね？
それを確認する手段もないから、
急いで取りに行かないと。

黒いネグリジェを脱いで
昼間よりは簡素なワンピースに着替えるわ。
こんな時間にお外に出たら怒られちゃうから、
お父様たちには内緒よ。]

[暗い夜道は怖いけれど、ミシェルの家までの
道は慣れているからへっちゃらなの。
おうちに辿り着いて窓を見上げると、
ミシェルのお部屋には電気はついてなかったわ。
寝ちゃっているのかしら？
その代わり、ヴィンセントのお部屋の電気は
ついていたから、そこから入ろうと思うの。

幼い頃によく登った木に足をかけて、
ワンピースの裾を巻き込まないように
身体を引き上げるわ。
登り慣れているからこの木ならするする登れるの。]

　……っ？
　今の、ヴィンセントの声……？


[登っている最中、大きな声が聞こえたわ。
ヴィンセントの声だと思うのだけれど、
それにしては随分と荒くて、なんだか
別の人みたいだわ。
何かあったのかしら、と思って急いで登るの。
すぐにヴィンセントの部屋の窓の前まで
辿り着いたわ。
そっと中を覗き込むと───]**