人狼物語 三日月国


81 【身内】三途病院連続殺人事件【R18G】

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ニエカワ! 今日がお前の命日だ!

体が軽い……
いつものように熱っぽい気がするのに、だるさも苦しさもない。

そうしてただぼんやりしていたら、なんとなくわかった。

自分は死んでしまったんだと。



こんな体だ…いつかこういう日は来るだろうと覚悟はしてたけど、未練がないわけではない。
死ぬ前に伝えたいことがあった。
ありがとうとか、ごめんとか……ほかにも色々……。

──自分の最後を看取ってくれたのは誰だったのだろう。

ぼんやりと揺蕩う記憶を手繰る

アキラと話してる途中で、薬を飲んで寝てしまって……そのあとは……?

眠っていて覚えているはずのない映像が浮かんでくる。

手術室に寝かされている自分……
それに触れる二つの影……
流れる血…削がれる肉………


ああそうだ。
俺は見ていたんだ。


自分の体が解体されていく様を――


「…あは…………アハハ……!」

思わず笑いが込み上げてしまった。
セナハラさんが言ってた"食料"は自分の事だったのか。

「そっか……そっかぁ……」

最初から、"食料"にする人間を決めていたのだろうか……?

ここにいる人達の中で最も死に近いのは自分だ。
誰かを殺さなきゃいけないなら、選ばれるのは必然ともいえる。

アキラもすべて知ってたんだろう。
友達と言ってくれたのも、油断させるための嘘だったのかな……。

「──言ってくれたらよかったのに…」


嘘で塗り固めなくたって、大好きな二人のためなら殺されたってよかった。

セナハラさんとお弁当をもってピクニックに行こうといった。
アキラも元気になったらトウキョウにいこうって。

全部全部、俺を慰めるための嘘。
でも……二人にとってはその場限りの嘘でも、自分にとっては大切な約束だ。

「でも……約束は、約束……だからね……」

噎せ返る血の匂いが染みついた手術室を一瞥して、
やがてぺたぺたと、自分の病室へと戻っていく。

その顔はどこかすっきりとしていた。

心拍数を示す線が動かなくなった。
計測を止め、手術台の上部にある照明を点ける。
ブリキのバケツを幾つか持って来ると、台の下に置く。

「……まずは手足から外していきましょうか。
 関節にメスを入れると、すんなり切れます。
 包丁や普通の刃物では上手く切れないので、
 必ずメスを使ってください」

鈍く光る銀色が、まだ温もりの残る肌に触れる。
──が、ふと気付いたのか、

「…………」

白い三角巾を遺体の顔にかけた。

人間だったものを小さくしていく姿は、やはり手馴れている。
切り口を下にしてバケツに入れていく。
血が吹き出るというよりは、滲み出るといった表現が近いだろうか。
死んだ生き物は激しく出血しない。

 ニエカワ
「…………はい」
扉越しに声が聞こえる。
姿は見えない。

薄暗い手術室の中で、照らされる照明が嫌に眩しい。
メイジは泣き腫らした目を細めた。

かつて"友達"と呼んだ──本当にそう思っていた。
それを目の前にして、息を呑む。
もう、動くことはない、声を聞くこともできない。

「……これ、本当に死んでるんだ………」


布がかけられた顔を一瞥して、ぽつりと零れる言葉。
そう思うと、夏だというのに悪寒がした。

死体を見ると恐怖を感じる。
自分の死を連想させるから──

やっぱり、自分は死にたくないんだ。

説明を聞きながら、刃物が肌に食い込むのを顔を顰めて見た。
思わず目を逸らしそうになったのを堪える。
ちゃんと見ていなければ、覚えられない。

「……っ……」

血の臭いが鼻孔を刺激する。
一度口元を押さえたが、震える手を押し殺してメスを握る。

「……オレだって……やってやる……」

「(嫌だ、やりたくない、嫌だ……)」

そうして、ふいに触れた手は、まだあたたかくて苦しくなる。
照明に反射し、きらめく刃物を意を消して見つめ
そして、肌に当てる──見様見真似だった。

「……、……ごめん」


メイジは思い出す。刃物が人に食い込む時の感触を。
メイジは、覚える。人を切る時の感触を。

「ねえ、これって、どの部分を食べるの……」

バラバラになっていくのを見つめながら尋ねる。
以前やった時は、もう食肉としか見えなかったし
どの部分かも聞く余裕もなかった。

「概ね食べられます。
 しかし内臓は傷みやすいので今回は避けます。
 ……申し訳ないですけれど」
 
手足を切り終えれば、後は胴体を残すのみとなる。
胸にメスを入れようとして、ぴたりと手を止める。
特に吐く人間が多い段階であることを、思い出したからだった。

「ここから先は他の動物と似てますね。
 骨を折るようにして広げて、臓器を取り出して、」

どうせ吐いた所で、胃は空だろう。
……むしろ、そうしてほしかった。
そしてここから逃げ出してほしいと、未だに思っている。
胸の皮膚を切ると、血だらけの手で包丁に持ち替えた。

包丁で狙いを定め、肋骨を折るように切っていく。
……たとえ貴方が吐いたとしても、泣いたとしても、
手を休めることはないだろう。

「……っ、」

両開き戸を開けるように、力を込めて肋骨を開いた。
内臓を取り出し、バケツに落としていく。
暫くすれば、以前貴方が見たような──食肉の姿になる。

「…………………」

肉が引き裂かれ、骨が砕かれる音。怖い。
取り出される真っ赤な内臓。気持ち悪い。
そこにあるのはもうただの肉塊。変わり果てた姿。

罪悪感よりもなによりも、本能的な恐怖が襲う。
頭から血の気が引いていく。足元がふらついた。

「………………うっ……」

最後まで黙って見ていたが
悲鳴を上げるみたいに、がしゃんと金属音がした。
メイジがぶつかって、器具か何かを落とした音だ。

「………うぐ……ぇ………げほっ、げほ………」

ついに胃から込み上げてくるのを押さえきれず、吐いた。
出てくるのはほとんど胃液だけだった。

金属音に一瞬手を止めるが──、直ぐに再開する。
作業が残っていれば、無理にでも手伝おうとするだろう。
そう考えて後の作業を急いだ。

「……慣れちゃだめですからね、こんなものに」

皮を剥ぐ。骨を外す。脂を削ぐ。

「今の気持ちを忘れないでください。
 でもこの景色は忘れるように、努めてください」

白衣は袖口を中心に、真っ赤に染まっている。
なるべく何も考えないように、無心で手を動かした。

粗方終えてしまうと、大きなブリキのバケツを取り出した。
蓋を開けて、骨や内臓を中に入れていく。

「…………ごめんなさい、」


生首の耳元で、小さく呟いた。
それを白いシーツでそっと包み、
名残惜しそうに、バケツの中へゆっくりと置く。
蓋をしてしまえば、贄川涼という子供だと判断できる物はもう見えなくなってしまった。

……残す作業は、
隠蔽
掃除ぐらいだろう。

「……っ……
くそ……


メイジは何かを振り払うように、一度大きく息を吐く。
青白い顔をぶんぶんと振って、立ち上がると
自分で落とした器具や、床を片付け始めた。

こんな悪夢のような光景、忘れられそうもないと思った。

「セナさんは……馴れちゃったの……?」

生首がシーツで包まれていくのを、
名残惜しそうなその横顔を、ただ無表情で見つめる。

前の誰かも、こうして隠されているのだろうか。

「馴れたというよりは、馴らしたというか。
 その為に医者を目指しました」

それはあの客人に問われたものの、答えられなかった“理由”だ。
簡素な戸棚、その一番下を開ける。
同じような作りのバケツが、もうひとつあった。

「僕は忘れられなかったので、
 この光景を日常にしようと思ったんです。
 そうすれば、悪夢ではなくなるでしょうから」

眠る赤子を起こしてしまわないように。
そんな手付きで、優しく、隣に新たなバケツを置いた。
ゆっくりと戸を閉めれば、手術台の血や脂を丁寧に拭き取っていく。

「……今日の所はこれくらいにしましょう。
 ここから先は先日もやりましたから、
 見なくてもわかるでしょうし。切って糸を通すだけです」

──少年は、生きていた頃のようにセナハラの後ろをペタペタ歩く。
誰かと会話して立ち止まってる時も、"調理"をしている時も。

「………」

少年はただ……彼の傍に居る。


自分のカルテをみている貴方に薄く微笑んだ。

いつものように袖を控えめに摘む。

「うん、わかった」

淡々と頷く。──メイジは、逃げ出したかった。
逃げ出したかったけれど、足は動かなかった。

──死んでしまったほうが楽なのではないか。

ニエカワが死ぬのを見て、過った。
彼は嘘つきの自分を恨んでるだろうか。

けれど本能は──赤く脈打つ鼓動は生きたいと叫んでいる。
辛いことばかりだというのに
まだ生きたいと思う自分がわからなかった。

「……、……ありがとう、セナさん」

あなたが医者になった理由を聞いた。
何かを言いかけた口をつぐんだ。
メイジはふいに、少し眉を下げて笑う。

「忘れられなくて医者になったのに
 こんなことになったのに……
 オレたちのこと、助けてくれようとしてくれて」

メイジは、ひそかに拳を握る。

「こんな状況で言うのはおかしいかもしれない。
 でも……オレさ、嬉しかったよ。優しくしてくれて」


「優しい親父がいたら、こんな感じだったのかな」



袖を摘まんだまま、宿直室へついていく。
その足取りは軽い。

──ペタペタ……ペタペタ……

霊感のない貴方には聞こえないかもしれないが、
貴方の足音に重なるようにもう一つの足音が聞こえる者もいるかもしれない。

「………早く行きたいな…ピクニック……」

「……、……感謝されるような事ではないですよ。
 何て物を食わせたんだ、と怒る人もいるでしょう」

吊るされていた干し肉を下ろし、糸を外していく。
先日作った彼女の肉が、白い皿に盛られていった。
そして新たな肉を薄く切り、糸を通し、塩と胡椒を塗し、吊るしていく。

「優しい大人はこんな事を──……いや、」

自分に生きる術を教えた父は、優しかった。
優しい大人だと、今でも思っている。

「……うん。ありがとう、ございます」

貴方がそんなつもりで言ったのではないとわかっているが、
それでも、自身の父親を認められたような気がした。

「メイジくん。きみはきっと、優しい父親になれます」

「宿直室に、手紙を置いておきます。
 ……封は開けちゃだめですよ。
 それをここから出たとき、外の大人に渡してください」

手術台の照明を消した。
赤黒い肉が乗る皿を持ち、扉へ向かう。

「……いいよ。周りにどんな目で見られても
 オレは絶対、セナさんが優しいって言い続けるから」

あなたが死んでもメイジに賛同し続けると言ってくれたように。

人を殺し、今日も肉を切り刻んだ、全て自分の為にやった。
責められるのも、恨まれるのも、蔑まれるのも慣れてる。

「あはは……オレが父親か。なれたらいいね」

そんな、来るかもわからない遠い未来の話に
すこしだけ思いを馳せた。まだなにも見えない。

「手紙? ……うん、わかった」

なんの手紙だろう。少しひっかかるが
言及することはせず、素直に頷いた。

あなたの背を見送る。

 




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