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人狼物語 三日月国


169 舞姫ゲンチアナの花咲み

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【人】 花瓶  

 

   それでも、想い続けるのなら―――――

  
(0) 2022/08/14(Sun) 0:00:00


   幸せなひと時が終わり、夢から目覚めた夜明け。

   愛されて、少しけだるい身体を起こして、
   隣で眠る貴方の方を見ようとして―――――。

   
異変に、気付く。


   
視界が、いつもより狭い。

   恐る恐る、手で顔に触れれば、そこにあるのは
花。



              
……そんな、まさか。


  



   貴方を起こさないようにベッドから降りて、
   鞄に入れたままだった手鏡を、手探りで探して。

 

    


       
鏡で顔を映して見ると―――――。



  




左の瞳に、
が咲いていた。



  



   震える手では鏡を持っていられなくて
   カタン、と音を立てて落としてしまう。


   冷静に自分の身体を見れば、
   貴方が咲かせた花の上に
   鮮やかな花が新たに咲いたことも、
   確認できたはずだけれど
   そんなこと、今の私には出来なくて。


   病が悪化したことを悟って
   何も考えられなくなった私は
   へなへなと座り込んで、目を閉じた。

 



   涙の代わりのように、
はらり、と
花弁


        空をゆっくり舞って落ちていく。*

  



     (………いやな、夢だったな。)

   



   せっかく愛する女性と結ばれたというのに
   空気の読めない夢に朝から気が滅入るもの。

   サルコシパラが目を覚ましたのは
   悲劇の露顕からもう少しあとの話で。

   横へ振り向くとウユニの姿はもう既に
   ベッドの上にはなく。

   まだ幸福の余韻に浸っていた身体を起こして


       その光景を、目の当たりにしてしまう。

   




     「ウユニ……さん?」





   嫌な予感は当たるものとよく言う。
   噎せ返るような心臓の痛みを覚えながら
   サルコシパラはウユニの名を呼ぶ。

   一体何が起こっているのだろうか。
   ウユニの身体に咲く花が昨夜と異なっていることは
   見ればすぐに分かる。

   しかしそのきっかけとなる原因が
   まるで分からないまま。

   ふと床に落ちていた手帳を見つけて。
   何気なしにそれを手に取ると。





   そこに記されてあったのは
   いままで知ることのなかった真実だった。






     「……っ!」


   サルコシパラは驚きを隠せずに息を飲む。
   しかしそれと同時にウユニのことも心配で。

   混乱する頭をなんとか動かしながら
   座り込むウユニの元へと歩み寄り。


     「ウユニさん……
      大丈夫です。大丈夫……。」


   まるで自分に言い聞かせるように
   小さくなったその身体を抱きしめることしか
   出来ないまま、ウユニが事情を話してくれるのを
   今は待つことになるだろう。*





   目を閉じて、現実から目をそらしていた私は
   気配で起きたことには気づけても 
   貴方が、真実を知ったと気づかない。

 
 



   悲劇のきっかけなんてわかっている。
   貴方との幸せなひと時。
   愛しあったことで、私の心は強く揺れて。

   孤独への
になる愛情は
   身体にとっては
だったみたい。

 



   そんな悲しい現実、見たくない。知られたくない。

   見てしまえば、
   昨夜の行為が、間違いだったと、
   認めてしまいそうになるから。


   知られてしまえば、
   貴方はきっと、自分を責めてしまうから。


 



    
「いや、見ない、で……。


              
こないで……。」


  



   歩み寄られて、小さく呟くけれど
   一度手にした温もりを簡単に手放せるわけがなくて。
   抱きしめられて、拒もうとしても
   身体には力が入らない。拒めない。
   安心させようとしてくれているのかしら、
   貴方の優しい言葉に、胸が痛くなるの。


    「サルコシパラ……
     ごめんなさい、私 は……。」



   
私には未来がないの、
と。
   そう口にできずに、謝罪を繰り返して。

 

   

   暫くして、少し落ち着いた私は
   あわよくば、真実を何も言わずに
   もう大丈夫だ、と言って曖昧にしてしまおう
   なんて、酷いことを考えていたから。
   貴方から少し体を離したの。

   でも、それは出来ないと知ったなら……。
   もし、貴方が手帳を持ったままなら
   恐る恐る、こう聞いたことでしょう。

 




    
「中身を、読みましたか……?」

  

   



   否定が返ってきて欲しい。
   そんな願いを抱きながら、貴方の返答を待って。
   否定されれば、それならいいのと
   誤魔化そうと思っていたけれど。


   もし、肯定が返ってくるのなら。
   淡く、哀し気に微笑んで、ぽつりと。


    
「ごめんなさい……。」



   何も語らないまま、また謝ってしまうの。*

 



   ばらばらの鎖が円を成すように繋がり
   点と点が結ばれていく。

   本来なら心地いいはずのこの瞬間が
   いまはただ、恨めしい。

   聞かずとも推測するに十分な情報があっても
   サルコシパラはウユニの口から語られる事を
   望んでいた。

   勇気と信頼を持って、
   自身を受け止めて欲しいと願っていたから。






     「…………はい。読みました。」


   その答えは彼女の望みとは真逆のもの
   僅かな望みを摘み取ってしまえば
   零れたのは謝罪。

   何も語らないその姿に
   サルコシパラは頬をそっと撫でて。





   「貴女の病気のことを
    貴女が抱えているものを
    私に教えてくれませんか。

    貴女の病気のことを
    貴女のことを、私には知る義務がある。

      貴女に添い遂げると誓ったのですから。」





   あの手記には病気のことが記されていた。

   思い浮かぶの昨夜のこと。
   自分の犯した過ちの断罪などいつでも出来る。
   今はそれどころではないのだ。

   でもその先のことは記されておらず
   彼女の口から直接聞かなければならない。

   サルコシパラは強い決意で
   ウユニの左目の花に触れた。*





   手記を読まれてなお、語ろうとしなかったのは
   怯えていたから。
   勇気を出して、踏み込んだ次の日には
   悪化してしまった病。
   貴方と心を深く通わせるほど
   貴方へと想いを募らせるほど
   花が咲いていくと、知って。

   貴方が私を蔑ろにしないと
   わかっていても怖かった。


  



   それでも、僅かな望みの芽を摘まれて
   貴方が、教えて欲しいと願うから。

   花に触れる手が、
   肌に触れるときと同じように優しくて
   貴方は私のこの姿も厭うことはないと。
   全てを受け入れてくれると、語ってくれるから。


      貴方の強い決意が、私の心を溶かして。

 



    「……花咲病を発症したのは、
     私が、18歳の時。

     その時は、太ももに小さな花が
     一輪、咲いているだけだった。」


   何処から話せばいいのか
   少し迷って、視線を彷徨わせていたけれど
   貴方の手を軽く握って。

   話し始めるのは、本当に、最初から。
   
抱えて来たもの、全て。


 



    「私は家族に相談したの。
     味方でいてくれるって思ってた。
     でも、……違ったの。
     
出て行け、
って。そう、言われて。」
   

   追い出されたことは、
   貴方も既に知っている事実。
   自嘲したように笑うと、続きを語っていく。

 

 




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